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「成人病と生活習慣病」女性の脳卒中と心筋梗塞

はじめに

超高齢化社会を迎え脳卒中患者、なかでも脳梗塞患者が増加の一途をたどっています。脳梗塞は寝たきり・介護の最大要因であり、その対策は喫緊の課題です。脳梗塞をgender differenceの面から考察すると、一般に患者数は男性に多いのですが、女性には妊娠や経口避妊薬の使用、ホルモン補充療法といった特有の危険因子が存在します。また近年、女性の社会進出に伴ってライフスタイルの差異も小さくなっています。今回は女性の脳梗塞について、その特徴や留意点を述べていきます。

1.発症頻度における性差

他の心血管病と同じく、脳梗塞は男性に多く、女性に少ないです。しかし女性の脳梗塞患者は男性に比べ、高齢発症で、発症時の重症度が高く、予後不良となりやすいことが知られています。久山町研究によると、1961年から1993年までの32年間の追跡期間において、脳梗塞全体の発症率は男性6.4(対1,000人/年)に対して女性3.4であり、女性は有意に低率でした。しかし、年齢階級別に検討すると脳梗塞発症の男女比は、50歳代、60歳代、70歳代、80歳代でそれぞれ2.1、2.3、1.5、1.4であり、加齢に伴い性差が減少する傾向が認められました。閉経までは女性ホルモンの影響で血管病変が生じにくいのですが、閉経後は加齢変化が顕著になるためと考察されています。また、時代推移の影響を半世紀にわたる久山町5集団で比較すると、次第に男女差が縮まっており1990年代の男女比はついに逆転していました。

2.臨床病型別頻度にみる性差

発症機序や責任血管の大きさからラクナ梗塞、アテローム血栓性脳梗塞、心原性脳塞栓症の3大病型に分類すると、女性の脳梗塞の特徴がみえてきます。杏林大学脳卒中センターに入院した脳梗塞3,019例における男女別病型分布をみると、心原性脳塞栓症が男性で28.1%であるのに対し、女性では35.7%と明らかに多かったのです。この傾向は脳卒中データバンク2009や福岡脳卒中データベース研究(Fukuoka Stroke Registry: FSR)でも指摘されています。

FSRデータを年齢、病型別に男女比を検討した報告によると、65歳未満、65〜75歳の年齢層では、病型に関わらず男性の割合が高いのですが、75歳以上になると女性割合が増加しています。とくに心原性脳塞栓症での男女比は逆転していました。女性は男性より約6歳長寿(平成25年簡易生命表による平均余命:女86.61歳、男80.21歳)であり、心原性脳塞栓症の主因である心房細動が、加齢とともに著増することと深く関係していると考えられます。前述の久山町研究においても、女性における心原性脳塞栓症の割合は徐々に増加しています。
心原性脳塞栓症は、脳主幹動脈が突然閉塞するため側副血行が働きにくく、重症例が多く、3大病型の中で最も死亡率が高いです。また、動脈硬化に起因するラクナ梗塞やアテローム血栓性脳梗塞が、血管病の最終章として脳梗塞を発症するのに対し、心原性脳塞栓症の発症は再発の序章にすぎないのです。急性期から再発を繰り返しやすいことも転帰不良の要因です。女性の脳梗塞患者が、男性よりも重症で予後不良であるのは、こういった理由によるところが大きいです。

3.危険因子にみる女性の特徴

1) 高血圧
高血圧は脳梗塞の最大の危険因子であり、約90%の脳梗塞患者が高血圧症を有しています。加齢に伴い血圧は上昇するのですが、いずれの年代でも平均血圧は男性の方が高く、血漿レニン活性やアルドステロン濃度も年齢・人種を問わず男性は女性より高値を示します。女性は40歳代まで高血圧有病率は低いのですが、更年期以降になると高まり、70歳代で男性とほぼ同程度になります。これにはレニン−アンギオテンシン系を介したエストロゲンの関与が指摘されています。

他の要因として食生活・食習慣の違いがあります。なかでも食塩摂取率は、2012年の国民健康・栄養調査をみても男性11.3gに対し、女性は9.6gと少ないです。家事の主役を担うことの多い女性は、(少なくともこれまでは)健康教育が浸透しやすく疾患予防のコンプライアンスが高かったのでしょう。今後、女性のライフスタイルが変化すれば、高血圧の有病率も変るかもしれません。

2)糖尿病
糖尿病は脳梗塞の独立した危険因子で、発症リスクを2〜3倍上昇させます。久山町14年間の追跡調査によると、耐糖能異常は男女とも脳梗塞の有意な危険因子であり、その相対危険度は男性2.5、女性2.0でした。

3)脂質異常症
脂質代謝は男女差や年齢差がきわめて大きいです。女性の血清脂質レベルは閉経後に上昇し始めることが多く、エストロゲン低下による脂質代謝異常が原因と考えられています。閉経後は内臓脂肪の増加によって、メタボリックシンドロームも発症しやすく、動脈硬化性疾患の発症リスクが高まります。

4)喫煙
非喫煙者と比べた脳梗塞発症リスクは、男性1.3倍に対し、女性では2倍とされます。若年者および喫煙量が多いほど発症リスクが高いです。また、喫煙者は非喫煙者に比較して約2年閉経が早まることや、喫煙量の増加に伴い閉経の早期発来が増加すると報告されています。

5)心房細動
心房細動は心原性脳塞栓症の最も重要な危険因子であり、心原性脳塞栓症の約70%に合併します。心房細動の頻度は男性で女性の約3倍と高いのですが、続発する心原性脳塞栓症は女性に多いです。女性そのものが脳梗塞のリスク(相対危険度 (RR)1.6)であるという指摘が多かったのですが、近年、そうではないという意見もあります。いずれにせよ75歳以上の高齢女性では、的確な抗凝固療法実施が極めて重要です。

4.女性特有の危険因子

1)妊娠
妊娠中の脳梗塞発症は一般的に稀です。近年の多数例を対象としたpopulation based studyを解析すると、妊娠・出産100,000件につき脳梗塞は4〜11件と推定されます。一般人口(年齢調整)に対するRR 0.7(95%信頼区間(CI), 0.3〜1.6)と報告されています。一方、出産後は発症リスクが高まり、産後5週間のRRは5.4(95%CI, 2.9〜10.0)である。妊娠期間中では第1期と第3期に多く、妊娠高血圧性症候群に関連して発症するものが多いです。出産後は静脈性梗塞が多くなります。

2)経口避妊薬
経口避妊薬に関しては、高用量で脳梗塞の危険度が上昇し、低用量では非服用者と差がないとされます。また、喫煙者が経口避妊薬を使用すると心血管病の発症率が著増するため、禁煙指導の徹底は必須です。

3)ホルモン補充療法
エストロゲンには抗動脈硬化作用があり、閉経後に動脈硬化に起因する脳梗塞(ラクナ梗塞、アテローム血栓性脳梗塞)が発症しやすくなります。この点を踏まえ、脳梗塞発症予防に対するホルモン補充療法(hormone replacement therapy: HRT)の有用性がいくつか検討されています。しかし、観察研究では効果が示唆されたものの、前向き研究であるHERS(Heart and Estrogen/progestin Replacement Study)で二次予防の、WHI(women’s health initiative)では一次予防の効果が否定されました。とくにHERSでは再発作が増加しており、現時点でHRTは発症危険因子としての側面が大きいと考えられています。

4)片頭痛
女性に多い片頭痛であるが、慢性頭痛の診療ガイドライン2013には「45歳未満の若年女性における前兆のある片頭痛では脳梗塞のリスクが若干増加する可能性があるが、この年齢層における虚血性脳卒中の年間発症率はきわめて低い。ただし、喫煙、経口避妊薬によりリスクが増加する。前兆のない片頭痛ではリスクは増加しない」と記載されています。
しかし、若年性脳梗塞の女性において片頭痛の既往を有する患者は少なくありません。このような症例では脳梗塞と片頭痛の共通病因として右左シャントが関与している可能性を考え、卵円孔開存や心房中隔欠損症などに伴う奇異性塞栓症のスクリーニングが重要です。

5)抗リン脂質抗体症候群
原因不明(潜因性)の若年性脳梗塞の原因となる後天性血液凝固異常症です。女性に多く、脳梗塞以外に静脈血栓症、習慣性流産などが診断契機となり、血液検査によって抗カルジオリピン抗体(IgG, IgM)、ループスアンチコアグラント、抗β2 glycoprotein I 抗体のいずれかを証明します。治療にはヘパリンとアスピリンを併用します。

6)PRES(posterior reversible encephalopathy syndrome)
PRESは子癇との関わりが強い可逆性後頭葉白質脳症である。以前はPRLS(reversible posterior leukoencephalopathy syndrome)と呼ばれていましたが、その病変部は後頭葉に限局せず、視床や脳幹部などに及ぶ例もあり、PRESと呼ばれるようになりました。また、病変部の可逆性は担保されておらず脳梗塞に陥ることも少なくないためPLES(posterior leukoencephalopathy syndrome)とすべきとの意見もあります。
脳の細動脈には、血圧変動に関わらず脳血流を一定に保つ機能(自動調節能)が存在しますが、過度な血圧上昇によってこの機能が限界に達すると血管が破綻し、大脳実質に血管性浮腫を生じます。この病態がPRESであり、頭痛、嘔吐、意識障害、痙攣などを呈します。血管性浮腫が高度になると、細胞性浮腫を生じ不可逆性変化となります。通常、著明な高血圧を伴うため、カルシウム拮抗薬を中心とした血圧管理が重要です。

5.治療上の特殊性・共通性

1)受療行動の違い
脳卒中データバンク2009によると、男性が活動時の発症が多いのに対し、女性では安静時に発症した割合が多いです。入院時の重症度は女性が有意に高く(NIHSS 男性 6.94 vs. 女性 9.09)、救急車の利用率は女性が高いです。

2)rt-PA静脈注療法
女性は男性に比し治療開始時間が遅く、血栓溶解療法の実施率が低いとされます。一方、女性は男性より体格が小さいため、脳血管は相対的に細く、血栓サイズも小さいです。このためt-PA後の再開通率は女性で高いという指摘もあります。rt-PA血栓溶解療法の転帰を12,620例(うち女性5,221例)で検討したシステマティックレビューによると男女で転帰に差を認めていません。女性は男性に比し死亡率が高かったのですが、重症度が高く、高齢で高血圧や心房細動の合併率が高かったです。可能性のある交絡因子を補正すると、その差は消失していました。

3)妊婦に対する急性期血行再建
女性特有の問題として、妊婦に急性期血行再建が行えるか?という点があります。そもそも妊娠中の脳梗塞は稀ですが、発症した場合、母体のみならず胎児への影響を考慮した判断が求められます。渉猟し得た過去の文献をまとめると、妊娠中の血行再建例が16例(年齢31.7±5.4歳;妊娠第1期 8例、第2期 4例、第3期 4例)報告され、うち3例が日本からの報告でした。治療成績が不良であった場合は論文化されにくいこと(出版バイアス)もありますが、母体、胎児とも直接的合併症はなかったです。報告された出血合併症にも致死的なものはなく、頻度も非妊娠例と差はありませんでした。rt-PAには胎盤通過性や催奇形性はないとされており(少なくとも)器官形成期以降のrt-PA投与は安全と考えられます。

4)入院期間とリハビリテーション
入院日数は女性で有意に長い(男性 29.1日 vs. 女性32.55日)と、脳卒中データバンク2009に示されています。また、退院時転帰も悪くmodified Rankin Scale 3〜6の重症例は年齢を調整しても、女性が男性の約1.39倍多かったです。女性の脳梗塞が重症であることに加え、発症年齢が高いことも大きく影響しているでしょう。

また在宅復帰を考えると、家事の主役であった女性には、どうしても女性には高いADL獲得が求められます。こういった社会的不利、介護負担の性差はリハビリテーションを実施する際にも考慮が必要でしょう。わが国では健常高齢者においても活動性に男女差があり、在宅での機能維持に関しても女性はセルフケアの自立度が高い。日常生活において介護に頼りがちな男性との大きな違いです。リハビリテーションのゴール設定に、家庭内での役割、社会的役割を考慮したプログラムが求められ、これが入院日数の長期化にも間接的に関連しているでしょう。

おわりに

女性の脳梗塞に関する疫学、病態や危険因子プロファイルからその特徴について概説しました。時代を経るにつれ男女差は縮まっているものの、女性特有の留意点は依然として多いです。