エッセイ 銀幕 こころの旅



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銀幕 こころの旅

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◆中日新聞連載エッセイ「銀幕こころの旅」



復讐

◆最も罪深い行為は何か

中日新聞朝刊 2007.01.12


スリーパーズ (1996年・アメリカ)
 アメリカは、殺人、強盗などの凶悪犯罪が多発する国です。しかも加害者の大半が子ども時代に虐待を受けていると、指摘されています。少年院の管理体制にも問題があるようです。「スリーパーズ」は、そのアメリカの暗部を描いた復讐(ふくしゅう)劇です。
 舞台は、1960年代のニューヨーク。スラム生まれのマイケル、ジョン、シェイクス、トミーは、仲良し四人組でした。彼らを見守るボビー神父(ロバート・デ・ニーロ)も、昔は街の不良でしたが、今は思慮深い聖職者です。
 でも四人は、手違いから通行人に大けがを負わせ、少年院に送られます。そこで待っていたのは、班長のノークス(ケビン・ベーコン)ら残忍な看守たちでした。昼間は体罰、夜は性欲のはけ口としてのレイプ。ずたずたに傷ついた四人は、このことを自分たちだけの秘密にしようと約束しました。他人に知られたら、とても生きていけないと思ったからです。
 十四年後。ジョンとトミーは、やくざになっていました。ある夜、街で偶然、落ちぶれたノークスを見つけ、激しい怒りがわき上がって、射殺してしまいます。
 裁判の担当検事は、何とマイケル(ブラッド・ピット)でした。マイケルは、新聞記者見習いになっていたシェイクス(ジェイソン・パトリック)と連絡を取り、残る三人の看守への復讐を図る一方、二人の無罪判決を得るために策略を立てて、検察側の証人を次々に切り崩します。そして最後の切り札として、ボビー神父に偽の証言を頼みます。「聖職者として、そんなことはできない」と拒否するボビー神父に、シェイクスは勇気を奮って、少年院でのいまわしい過去を告白し、後の判断を託します。
 加害と被害が交錯する中、最も罪深い行為は何なのかと、苦悩するボビー神父の姿が、この映画の本質です。家庭はもちろん少年院でも虐待を防ぐことは、将来の犯罪を防ぐことでもあるのです。

 

 


重圧

◆父の支配を脱して自立

中日新聞朝刊 2007.1.19


シャイン(1995年、オーストラリア)
 オーストラリアのデビッド・ヘルフゴットは、統合失調症を克服した天才ピアニストとして知られています。「シャイン」は、彼が父親の重圧をはねのけ、本来の自己を取り戻すまでを描いた作品です。名優ジェフリー・ラッシュが成人後のデビッドを演じ、アカデミー主演男優賞に輝きました。
 デビッドは、父ピーターから、ピアノをたたきこまれ、神童と騒がれます。ピーターは、自分が果たせなかった音楽家の夢を息子に託したのです。
 デビッドは、栄光への道を歩みだしますが、ピーターは息子が自分の影響下から離れることを恐れるようになります。「お前をどれだけ深く愛しているか分かるか」「お前は幸運な子だ」といった言葉でデビッドを縛り付け、アメリカ留学を断念させ、暴力もふるいました。デビッドは、父の呪縛(じゅばく)と愛着と自立心との間でもがき苦しみ、次第に表情がうつろになっていきます。
 十九歳のとき、父の反対を押し切り、ロンドンの王立音楽院に奨学生として留学。学内のコンクールで、最も難しいとされるラフマニノフのピアノ協奏曲第三番に挑戦します。ピーターの思い入れの強い曲で、デビッドは父に反発しつつも「ほめられたい」という思いにとらわれていたのです。見事に優勝したものの、精根尽き果てて病状が悪化し、精神科病院に入院を余儀なくされます。
 時は流れ、ファンの女性に引き取られ退院したデビッドは、バーのピアノを気まぐれに演奏して熱狂的な拍手を浴び、演奏の喜びを思い出します。そして、訪ねてきたピーターを拒否して追い返した時、彼は初めて、父の支配を脱した自分に気づくのです。やがて年上の女性ギリアンと結ばれ、コンサート・ピアニストとして復帰します。肉親の「父性」に苦しめられ続けたデビッドが、恋人の「母性」に支えられて自分の道を歩み出す様子は印象的です。
 親は子どもの人生を縛ってはいけないと、しみじみ思います。





ストレス障害

◆戦争の悪夢に縛られる

中日新聞朝刊 2007.1.26


ディア・ハンター (1978年、アメリカ)
 戦争、テロ、災害などで生死にかかわる体験をした人に現れやすい「PTSD」(心的外傷後ストレス障害)をご存じでしょうか。アメリカではベトナム戦争の帰還兵の精神的な後遺症が大きな社会問題になって、この病名が生まれました。
 「ディア・ハンター」は、田舎町でシカ狩りを楽しみ平和に暮らしてきた青年たちが、ベトナム戦争によって人生を破壊される姿を描いた作品です。
 この中で、地獄の象徴として描かれるのが、「ロシアンルーレット」です。マイケル、スティーブン、ニックの三人が北ベトナム軍の捕虜になり、川沿いの収容所に閉じこめられます。そこでは敵軍兵士たちが、捕虜二人を向かい合わせ、自分のこめかみに当てたリボルバーの引き金を交互に引かせていました。どちらが命を落とすかを賭けていたのです。ロバート・デ・ニーロが演じるマイケルは、発狂寸前のニックとスティーブンを励まし、持ち前の勇気と機転で、この窮地を脱します。
 故郷に戻ったマイケルは熱い歓迎を受けますが、心は晴れません。やがて、スティーブンが片脚を失って陸軍病院に入院していることを知ります。会いに行くと、意外な大金を持っていました。サイゴン(現在のホーチミン市)で消息を絶ったニックからの送金でした。
 彼を故郷に連れ戻すためにサイゴンに向かったマイケルは、ショックを受けます。うつろな目をしたニックが、ロシアンルーレットの賭場で、命がけのゲームをして大金を稼いでいたのです。
 さて、恐怖の記憶に苦しめられるニックが、自ら同じ体験を繰り返したのはなぜでしょうか。PTSDで恐怖の記憶が生々しく再現されることを「再体験」と呼びます。この再体験を繰り返すうちに、ニックは現実と悪夢の区別がつかなくなったようです。
 この作品がきっかけで、ベトナム戦没者の碑が建てられました。戦争は、生き残った人にもさまざまな悲劇をもたらします。

 



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