エッセイ 銀幕 こころの旅



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銀幕 こころの旅

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◆中日新聞連載エッセイ「銀幕こころの旅」



治療法

◆害をなすことなかれ

中日新聞朝刊 2007.2.2


誤診(1997年、アメリカ)
 小児てんかんは、激しいけいれんや意識消失を繰り返す病気です。薬物治療がかなり進んできましたが、発作をコントロールできない場合は、就職などの面でハンディを背負いがちです。
 映画「誤診」は、わが子のてんかん治療をめぐり、医師の方針に疑問を抱いた母親を主人公にした医療映画です。
 ローリ(メリル・ストリープ)は、三人の子どもに恵まれ、幸せな日々を送っていましたが、ある日、末っ子の幼稚園児ロビーが発作を起こしました。難知性てんかんの発症でした。
 さまざまな薬も効果はなく、ロビーは副作用で弱っていきます。医師は外科手術を勧めますが、ローリは納得しません。専門書を読みあさるうち「ケトン食療法」に出合います。幼児の難治性てんかんに対して、選択肢の一つとされる治療法です。
 医師は「確立された治療法ではない」と反対しますが、ローリは一大決心をして、この治療を取り入れているジョンズ・ホプキンス大学にロビーを連れていきます。
 専任の栄養士が、はかりを使って丁寧に食事を管理し熱心に指導した結果、ロビーの症状はめざましく改善していきます。実話に基づいた作品で、母親の愛と情熱の力を感動的に描いています。
 ただ、この映画を見て「やっぱり医者は信用できない」とは思わないでください。最初の主治医が、脳波や画像所見をもとに薬物療法や外科手術を勧めたのは、それが標準的な治療法だからです。決して「誤診」ではありません。でも、標準医療が功を奏しない場合、家族の思いと医療側の方針にずれが出てしまうのは避けられないことです。この作品の原題は、ヒポクラテスの誓いの言葉「何よりも害をなすことなかれ」(First do no harm)。つまり、現状より悪化させないことを最優先するのが医療の原点なのです。





友情

◆心の危機を救う昔話

中日新聞朝刊 2007.2.9


フライド・グリーン・トマト(1991年、アメリカ)
 熟年離婚が増えている昨今、中年女性に贈りたい映画「フライド・グリーン・トマト」を紹介します。
 倦怠期で更年期。フィットネスに通っているのに、食べ過ぎで太るばかり。そんな主婦エブリン(キャシー・ベイツ)が、老人ホームで出会ったニニー(ジェシカ・タンディ)の昔話に思わず引き込まれていきます。
 舞台は、半世紀以上前のアラバマ州。少女イジーは、愛する兄を事故で失い、心を固く閉ざしますが、兄の恋人だったルースに励まされ、いつしか友情が芽生えます。
 そのルースが結婚した相手フランクは実はとんでもない暴力男。イジーは身重のルースを夫から引き離し、二人で大衆食堂を開きます。人種差別が激しかった時代に黒人を拒否しない食堂でした。そこの名物料理が、青いトマトにハチミツを塗り、パン粉で揚げた「フライド・グリーン・トマト」でした。
 勝ち気で明るいイジーと、やさしいルースの人柄で店は繁盛します。ところが、フランクが「子どもに会わせろ」と押しかけてきて、暗雲が立ちこめます。そして村祭りの夜、フランクが行方不明になり、ルースに疑いがかかります。結局、事件は迷宮入りになります。食堂を愛する仲間たちが結束し、真犯人を隠したのです。
 その後、ルースは重病になり、イジーや仲間たちに囲まれて眠るように息を引き取ります。イジーは、ルースの息子を育て、生き続けたという昔話でした。
 エブリンはニニーの話を聞くうちに、自らの生きる意味を見いだし、夫との仲も取り戻すことができました。そしてニニーを家に引き取った時、ニニーはいたずらっぽくイジーは自分自身だったと告げるのです。
 夫の不倫などがなくても、女性の中年期は心の危機にさらされています。さりげない昔話の中に、心の危機を脱する糸口がある。そんな気持ちになる作品です。

 



使命

◆分け隔てなく人を救う

中日新聞朝刊 2007.2.16


「恋の闇・愛の光」(1995年、イギリス・アメリカ合作)
  地位や才能に浮かれて、失意の境遇に陥った後に、本来やるべきことに気づく。こうした「喪失と再生」の現実ドラマは、多くの映画の主題にもなっています。十七世紀後半の英国を舞台に、一人の医師の生きざまを描いた「恋の闇・愛の光」を紹介しましょう。
 メリベル(ロバート・ダウニー・ジュニア)は、腕は良いのに遊びが過ぎる医師。庶民の悲惨な暮らしには目を背け、享楽と退廃の日々を過ごしていました。そんなメリベルが国王の愛犬の命を救ったことから「わが世の春」が訪れます。領土も与えられ、貴族になる未来が開けていました。
 しかし、禁を破って国王の愛人セリアを愛してしまい、宮廷から追放されてしまいます。
 そんなメリベルを拾ってくれたのは、学生時代の友人ピアスでした。メリべルの放蕩(ほうとう)な性格にあきれながらも、医師としての天分を尊敬していた友人でした。ピアスの精神科病院を手伝い始め、メリベルは社会の現実に直面し、医師としての使命感に目覚めます。
 ダンスや音楽を取り入れて治療効果を挙げるなど、仕事に張り切るうちに、患者キャサリン(メグ・ライアン)に出会います。過去の苦しみにとらわれ、自殺未遂を繰り返していた彼女を救おうと働きかける間に、愛が芽生えます。駆け落ちをして同棲(どうせい)し始めましたが、ペストの流行で二人は隔離され、やがてキャサリンは出産と同時に命を落としてしまいます。
 その悲しみを乗り越え、メリベルは、民衆の治療に情熱を注ぎます。そして、かつて愛したセリアがペストにかかったと知らされ、仮面を付けて宮廷に入ります。その時、ロンドンが猛火に包まれ、メリベルは命がけでセリアを救い、川に落ちて意識を失います。一命を取り留めたメリベルは、国王の信頼を取り戻しました。
 医師の使命は、分け隔てなく目の前の患者さんの命を守ること。いつの時代も変わらぬ真理です。





性犯罪

◆断固闘う大切さ描く

中日新聞朝刊 2007.2.23


「告発の行方」(1988年、アメリカ)
 酒場で酔っ払って、男性とダンスに興じるような若い女性は、レイプの被害に遭っても仕方ないのでしょうか?「告発の行方」は、「女性側にも責任がある」といった考え方に「ノー」を突きつけた作品です。
 酒場から半裸の姿で飛び出してきたサラ(ジョディ・フォスター)が、通行人に助けを求めます。「三人の男たちにレイプされた」とサラは訴え、女性検事補のキャサリン(ケリー・マクギリス)が、捜査に乗り出しました。
 容疑者たちはすぐに判明しました。しかし、サラは品行に問題があり、当日も酒に酔い、マリフアナも吸っていたことが分かりました。これでは裁判で陪審員たちの同情を得られないと判断したキャサリンは、上司の指示のまま弁護側との取引に応じ、強姦(ごうかん)罪ではなく過失傷害罪で起訴することを決めます。
 サラは、それを知って傷つき、荒れて、同居男性ともけんか別れしました。「ふしだらな女だと、訴えも聞いてくれないの?」というサラの言葉は、キャサリンの心に突き刺さりました。
 そして、酒場にいた男たちが、レイプをあおり立てて、そそのかしていたことを知り、キャサリンは、その男たちを暴行教唆罪で起訴することを決意しました。事件を通報した若者ケンを苦労の末、見つけ出し、法廷で証言をしてくれるように説得します。友人との板挟みになって揺れたケンも、サラの苦しみに触れ、自分がやるべきことに気づきました。
 終盤の法廷シーンは、息をのむ展開です。サラが「ノー」と叫ぶだけで助けを求めなかったことを突いた弁護側に対し、キャサリンは「レイプされている女性の頭の中にある言葉は『ノー』だけ」と陪審員の心に刻み込みます。そして有罪を勝ち取りました。
 性犯罪は、被害者が泣き寝入りしてしまうことも少なくありません。断固として闘うことの大切さを訴えたジョディ・フォスターの名演技にしびれます。



 

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