エッセイ 銀幕 こころの旅



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銀幕 こころの旅

シネマシリーズ

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◆中日新聞連載エッセイ「銀幕こころの旅」



詩と死

◆名声夢見て いらだち

中日新聞朝刊 2007.7.06


「シルヴィア」(2003年、イギリス)
  米国生まれの詩人シルヴィア・プラスは、三十歳で自殺した後に作品集が発表され、死後二十九年を経てピュリツァー賞を受賞しました。才気ある女性の苦悩を描いた「シルヴィア」。グウィネス・パルトロウが好演しています。
 少女のころから詩の天分を認められていたシルヴィアは、フルブライトの奨学生としてイギリスのケンブリッジ大に入学。英国人の大学院生テッドの詩にひかれて、パーティーの席で積極的に近づき、四ヶ月後に結婚します。やがてテッドの詩が大きな賞を取り、二人はアメリカで暮らし始めますが、シルヴィアは生活のために教師の仕事に就き、詩を書く時間が取れずに、次第に精神のバランスを崩していきます。
 テッドと女子大生の浮気を疑い始め、大げんかをした後、関係を修復するためにロンドンに引っ越します。以後、この二人は何度も同じように、不倫、けんか、仲直り、引っ越しを繰り返しますが、溝は埋まりません。二人の子どもが生まれ、育児に忙殺されるシルヴィアは、だんだん能面のような表情になっていきます。夫婦は破局を迎え、シルヴィアは二人の子とアパートで貧しい生活を始めます。その時に書いた詩の美しさ、激しさで、専門家の絶賛を浴びることになります。
 しかし、よりを戻そうとしたテッドに拒否されたことが致命的なトラウマとなり、ついに壮絶な死を選ぶのでした。
 シルヴィアの病気は、双極性障害。うつ状態とそう状態が交互にやって来る病気です。彼女の果敢な行動力や激しい怒り、嫉妬(しっと)、落ち込みなども双極性障害によく見られる症状です。詩人としての名声を夢見ながら、目の前の生活に追われるいらだちの中で、病気が悪化していったようです。
 日本でも、自殺者は九年連続で三万人を超えました。心のバランスが崩れ、死を考えてしまうのは、うつ病の代表的な症状です。この症状は、十分な休養と薬の力で乗り越えることができます。うつ気分に圧倒されずに、勇気を出して精神科を受診してください。



 

新天地

◆若者は未来を切り開く

中日新聞朝刊 2007.7.13


「遥かなる大地へ」(1992年、アメリカ)
  青春の希望や大志を胸に、古いしがらみを断ち切って旅立てるのが若者です。「遥(はる)かなる大地へ」は、新天地アメリカを夢見た若者の愛と冒険の物語です。
 十九世紀末の西アイルランド。小作農の息子ジョセフ(トム・クルーズ)は、農民の地主に対する反乱の渦中に父を失いました。復讐(ふくしゅう)を誓って地主の邸宅に乗り込んだものの、あっさり捕まり、その家の娘シャノン(ニコール・キッドマン)に命を救われます。
 シャノンは古い階級社会を嫌い、新しい人生にあこがれて、ジョセフを召使代わりに連れてアメリカへ家出します。
 大西洋を船で渡ってボストンに着いた途端、二人は騒ぎに巻き込まれ全財産を失ってしまいます。兄妹と偽って安宿に転がり込み、工場で働き始めます。ジョセフは賭けボクシングでお金を稼ぐようになりますが、大勝負の最中、地元の有力者がシャノンに言い寄るのを見て殴ってしまいます。試合にも惨敗。宿からも追い出された二人は、放浪の旅に出ます。 その中で互いへの愛が芽生えますが、寒さしのぎに忍び込んだ家でシャノンが撃たれてしまいます。
 そのころ、シャノンの両親は農民に家を焼き打ちにされ、シャノンの婚約者だったスティーブンとともにボストンへ来ていました。ジョセフはシャノンの命を救おうとスティーブンにけがの手当てを託し、去っていきます。
 その二人が再会したのは、オクラホマの開拓地。移民向けの土地獲得レースの会場でした。心が揺れていたシャノンは、命がけのレースの中で最後にジョセフを選び、二人の所有地に旗を立てるのです。このラストは圧巻です。
 世間知らずのお嬢さま・シャノンが次第に成長し、真実の愛をはぐくんでいくさまは、当時の新天地・アメリカを象徴する移民のサクセスストーリーでした。
 社会が成熟し、新天地もなくなると、未来を切り開く若者のエネルギーも発揮しにくくなります。ニート、引きこもりといった現代社会の問題も、若者の弱さのせいにするだけでは、正しい解決にはなりません。

 

 

欲望

◆大切なものが見えなくなる

中日新聞朝刊 2007.7.20


「華麗なる相続人」(1979年、アメリカ)
  製薬会社の社長が事故死し、一人娘のエリザベス(オードリー・ヘプバーン)がばく大な遺産を受け継ぐ。父の死の陰にうごめくのは、親族たちの策謀。やがてエリザベス自身も命を狙われることに…。
 シドニー・シェルダン原作の「華麗なる相続人」は、正統派のサスペンス映画です。
 グローバルな巨大企業なのに、株主は数人の親族だけの同族経営。英国貴族のアレックは妻のギャンブル中毒で破産寸前。野心家の女性エレーヌは会社の乗っ取りをたくらんでいて、その夫のシャルルは横領と汚職にまみれています。三人の子育てに追われるシモネッタの夫も愛人との間に三人の子がいて、養育費に頭を悩ます毎日。
 彼らはエリザベスに対し、株式公開と現金化を要求しますが、エリザベスは父の遺志を受け継ぎ、今まで通りの同族経営を続けていくことを表明します。彼女の決断に賛同したのは、父を支えてきたリースと秘書のケイトだけでした。
 父が残したテープから株主のだれかが他企業に秘密を漏らす裏切り行為をしていたことも判明しました。経営難の中で、銀行を納得させるために、エリザベスは企業経験豊富なリースと形の上で結婚し、リースを社長に据えます。その直後から、エリザベスは何者かにたびたび命を狙われ、秘書のケイトが巻き込まれて死亡します。
 そして、殺人鬼から逃れるためにやってきた別荘に火が放たれて…。
 結末は、ぜひご覧になっていただきたいと思いますが、人間の欲望の醜さを風刺しつつ、逆境を乗り越えていく信念、愛情の大切さを描いた作品です。
 わが国でも、遺産相続をめぐる親族間の争いは珍しくはありません。いざという時に助け合い、頼り合えるはずの家族・親族に骨肉の争いが発生するのです。金銭的な欲望に目がくらむと大切なものを見失います。人間のもろさかもしれません。
 大量消費社会の中に生きていると、お金がたくさんあれば幸せ、と考えがちですが、お金があっても、信頼できる家族や親族がいない人生は不幸です。ぜひ、いろんな映画をご覧になって、心の糧にしてください。



 

生きがい

◆勇気と希望があれば

中日新聞朝刊 2007.7.27


「ライムライト」(1952年、アメリカ)
  一年四ヶ月間お付き合いいただいた「銀幕こころの旅」も、今回が最終回です。フィナーレは、あのチャーリー・チャプリンの哀愁あふれる名作「ライムライト」にしました。
 舞台は1914年のロンドン。名声を失い、酒で身を持ち崩していた老喜劇王カルベロ(チャプリン)が、アパートでガス自殺を図ったダンサーのテリー(クレア・ブルーム)を救いました。
 「なぜ死なせてくれなかったの」と泣くテリーを懸命に励ましているうちに、テリーは元気を取り戻し、いつしか二人の間に愛が芽生えます。やがてテリーは、スターダンサーとして脚光を浴び、かつての淡い初恋の人とも再会します。一方カルベロは、本名を隠して出演したピエロの舞台で観客にそっぽを向かれ、失意のどん底。テリーの未来を邪魔してはいけないとひっそり身を引くのです。
 大道芸人になっていたカルベロを捜し当てたテリーは、オールドファンのために記念公演を提案します。カルベロは一世一代の演技で喝采(かっさい)を浴びるのですが、無理がたたって心臓発作で倒れ、舞台の袖でテリーの輝かしい踊りを眺めつつ息を引き取ります。
 バスター・キートンと共演したラストの寸劇は、無声映画の巨人たちの圧倒的な演技力を見せつけました。
 この時、チャプリンは六十三歳。ハリウッドの“赤狩り”でアメリカと決別し、イギリスに戻った時期の作品です。アルコール依存症の父、統合失調症の母を持つチャプリンは弱者への温かい眼差しに満ちた映画を作ってきました。その集大成ともいえる「ライムライト」では、自身が老いて弱者になっていく悲哀と、後進に道を譲り、輝きを取り戻す喜びを描いています。
 「人生に必要なものは、勇気と希望と、ほんの少しのお金」、「すばらしい瞬間は残っている。幸せのために闘うんだ」―カルベロがテリーをが励ます珠玉の言葉の数々は、映画を愛する人々へのエールでもありました。
 ストレスに満ちた現代を生き抜くヒントは、古今東西の名画の中に詰まっています。映画を心の友に、悔いのない、喜びに満ちた人生をお送りください。ご愛読、心から感謝いたします。



 

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