エッセイ シネマシリーズ


◆愛知保険医新聞連載エッセイ「シネマシリーズ」



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シネマシリーズ

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◆大恐慌を必死に生き抜いた人々◆



スティング(1973年 米国)

愛知保険医新聞刊

 世界大恐慌の最中1930年代の暗黒街の中心地シカゴでは血を血で洗うギャング同士の争いが連日起こっていたが、一方その道のエリートと自認する連中の中には、暴力沙汰を軽蔑し、頭脳で相手を出し抜くことを粋とする風潮があった。1973年の作品「スティング」は、その知能犯=詐欺師たちの物語である。1936年シカゴに近い下町で道路師と呼ばれる詐欺師三人が通りがかりの男から金を奪った。数日後、首謀者のルーサーが死体となって見つかった。仕掛けた男はニューヨークの大親分ロネガンの手下だった。大組織に手を出した当然のむくいとしてルーサーは消されたのだが、組織の手は一味の一人フッカー(ロバート・レッドフォード)にものびていた。ルーサーの復讐を誓ってフッカーはシカゴのゴンドルフを訪ねた。親友の死を知ったゴンドルフ(ポール・ニューマン)は相手がロネガン(ロバート・ショウ)と聞き、ロネガンの身辺を洗い、彼がポーカーと競馬に眼がないことを調べ上げた。ゴンドルフは急ぎ昔の仲間を集め、シカゴの下町にインチキノミ屋を構えた。フッカーは、ロネガンに、ゴンドルフの経営するノミ屋に電送されてくる競馬中継は、決着済みの馬券だけを買えるから絶対損はしないと儲け話を持ち込んだ。ロネガンは欲に目がくらみ、五十万ドルの大金を注ぎ込むことにした。レースが始まった瞬間、ノミ屋にFBIが踏み込み、店内は大騒ぎになり、ロネガンはFBIに連行された。すべてがゴンドルフの書いた筋書きで、ゴンドルフとフッカーは見事ロネガンを再起不能な状態に陥れ、殺されたルーサーの敵討に成功するのだった。高齢者を騙す振り込め詐欺は許せないが、大金持ちの悪人を大勢の弱き人々が力を合わせて騙す作品「スティング」は、なぜか心地よい。くれぐれも儲け話には、ご注意を!



 

シービスケット(2003年 アメリカ)

愛知保険医新聞刊


 1910年ハワード(ジェフ・ブリッジス)は自動車ディーラーとして成功するが、最愛の息子を自動車事故で失ったため、妻に捨てられる。その頃、カウボーイのスミスは自動車産業の発展のあおりで馬の需要が減ったため、西部劇の馬の調教師として流浪していた。一方、カナダでは少年ジョニーが、乗馬の才能を磨いていた。
 大恐慌時代の幕開けとともに無一文となったジョニーの両親は、息子の乗馬の才能に将来を託す。赤毛から愛称“レッド”と呼ばれたジョニー(トビー・マグワイア)は地方競馬にデビューするも、手にする賞金はごく僅か。1933年、メキシコのティファナでハワードはマーセラという女と出会う。乗馬愛好家のマーセラの影響もあり、ハワードは競馬の世界に身を投じてゆく。そんなある夜、ハワードは森で、骨折した馬を治療しているスミスを見かける。「けがしたからといって、命あるものを殺すことはない」と呟く彼に感銘したハワードは、馬の調教師としてスミスを雇う。三カ月後、ニューヨークの競馬場で、”シービスケット”と呼ばれる馬の資質を見抜いたスミスは、ハワードにシービスケットの購入を勧める。さらにスミスは、レッドを騎手として目をつける。
 遂に役者が揃い、サクセス・ストーリーが展開し始める。困窮に苦しむ庶民は、連戦連勝のシービスケットの活躍を熱烈歓迎する。意気揚がるハワードは、史上最高額の賞金レースを決行するのだが、果たして結末は?
 名調教師、名騎手、名馬、馬主の四者での一攫千金の目論見は、大恐慌下のはかないあがきだった。宝くじも賭博も夢しか与えないのに、市場原理に期待するのか。



 

シンデレラマン(2005年 アメリカ)

愛知保険医新聞刊

 レイ・オフ、ジョッブロス、アンエンプロイメント、いずれも庶民を奈落の底に突き落とす資本主義最大の罪だ。既に米国では三百万人近い人々が失業すると報道されている。大恐慌下を生き抜いた一人のボクサーの物語が、「シンデレラマン」である。
 前途有望なボクサーとして活躍していたジム・ブラドック(ラッセル・クロウ)は一九二九年、右手の故障がきっかけで勝利に見放され、引退を余儀なくされる。時を同じくして大恐慌がアメリカを襲う。生活に困窮したジムは、妻メイ(レネー・ゼルウィガー)と三人の子供を抱えつつ、過酷な肉体労働でわずかな日銭を稼ぐが、そんな仕事にすらありつけない日の方が多かった。しかしある時、ボクサー時代のマネージャーだったジョーが、世界ランキング二位という新進ボクサーとの試合の話を持ち掛けてくる。勝ち目などない一夜限りのカムバックだったが、その報酬が必要だったジムは、夫の身を案じるメイを振り切って、再びリングに立つ。そこで奇跡が起こった。肉体労働によって左パンチが強化されていた彼は、まさかの勝利を収めたのだ。そこからジョーは奔走して試合を取り付け、ジムは次々と強敵を倒していった。そしてついに、ヘビー級世界チャンピオンへの挑戦権を得る。ジムは大観衆が待ち受けるリングへと向かい、最終十五ラウンドまで戦って見事判定勝ちを収めるのだった。
 芸は身を助ける。怪我で引退したボクサーが肉体労働で闘争力を養いチャンピオンに輝くのは、貧しい少女がお姫様になるシンデレラの男性版だ。だが現実は百万人に一人もこうした幸運に恵まれることはない。



 

ひとりぼっちの青春(1970年 アメリカ)

愛知保険医新聞刊


   大恐慌下の一九三二年ハリウッドも失業者で溢れていた、「ひとりぼっちの青春」は未来を奪われた若者を描いた。その中の一人、ロバートはある通りのマラソン・ダンス場に流れ込む。マラソン・ダンスとは昼夜ぶっ通しで踊り続け、最後に残った者に賞金が与えられる見せ物。プロモーターのロッキーは参加者を募っていた。参加者は船乗りやアリス、身重な女ルビー、グロリア(ジェーン・フォンダ)たちであった。グロリアは連れが病気で困っていたが、ロッキーがロバートと組ませて、ダンスは始められた。グロリアとロバートは踊り続けるうちに次第に打ち解ける。ダンスは数日間続けられ、脱落者も増えていった。見物人を楽しませるための「ダービーレース」が取り入れられた。それは、四組のダンサー達の耐久力比べで、最後の一組が勝ち残るレースであった。ロバートとグロリアも参加したが、やがてロバートは筋肉がつって踊れなくなった。グロリアは、今までの苦労が水の泡になると言って彼を引きずりながら踊り続けるが、ロバートはダウン。やがて「ダービーレース」でアリスと組んだ船乗りが心臓発作で倒れる。再び組んだロバートとグロリアは、ロッキーから余興で花嫁花婿になれと勧められたが、かつがれている事を知った。式の費用は二人持ちだったのだ。優勝しても一文にならないのを知ったグロリアは憤慨しその場を去る。全てに絶望したグロリアに懇願されて彼女の頭を拳銃で射ち抜いた彼は、近づいた警官に「廃馬は射ち殺すんでしょう?」と自棄的に語る。いくら努力しても報われない「アメリカン・リアリティ」の時代だった。



 

武器なき斗い(1960年 日本)

愛知保険医新聞刊

  1923年、関東大震災が日本の経済に大打撃をあたえた直後、時の政府は治安維持法で労働者階級の弾圧に乗り出す。同志社大学の生物学者山本宣治は新しい性教育の必要性を痛感し、産児制限を庶民に説き始めるが、大学当局や政府に妨害を受ける。1925年ソヴィエト労組代表の来日を機に、政府は多くの自由主義的な学生や労働者を検束した。山宣も大学を追放され、労農党の運動に加わる。佐山村農民組合争議の惨状を目のあたりにして、生物学者としての考えを世に広めるには、まず政治を改めねばならぬと悟る。妻や息子たち、それに生家である料亭花やしきを経営する両親からも理解されていた。佐山村争議で山宣は小作人さき・清母子や共産党員本田、彼に好意をよせる娘のぶなどを知る。やがて金融恐慌がやってきて、支配階級は侵略戦争を起した。1928年、激しい弾圧下で労農党から立候補した山宣は代議士に当選した。三月十五日の労農階級弾圧一斉検挙で、山宣は決起する。治安維持法の更なる改悪を目論む政府に、山宣は本会議場での反対演説をおこなう決意を固めた。その日を目前にした夜、彼は神田の光来館で右翼の兇刃に倒れた。享年四十歳であった。
 世界大恐慌の1929年のその日から長く重苦しい年月を経て、侵略戦争は終焉。敗戦後、赤旗に囲まれて執り行われた山宣の命日に、人々は山宣の強靭な生き様に魂を揺さぶられた。「山宣独り孤塁を守る」時代から八十年。世界第二位の軍隊と駐留米軍の暴力装置を射程に入れて、平和憲法を守る「九条の会」に国民の過半数を獲得する運動が急務となっている。





ゴッドファーザー(1972年 アメリカ)

愛知保険医新聞刊


   世界大恐慌後のシチリア系移民のマフィアの権力争いは今でも続いている。大恐慌は数百万人を超える失業と社会不安、そしてファシズムを醸成しただけではなく、裏社会の暗躍を野放しにした。
 ドンコルレオーネ(マーロン・ブランド)の屋敷では、娘コニーの結婚式が行なわれていた。コルレオーネは、如何に貧しく微力でも、助けを求めてくればどんな困難な問題でも解決した。
 末の息子マイケル(アル・パチーノ)は、裏社会には加わらず正業につくことを望んでいた。父の狙撃が伝えられるや家に駈けつけ、偶然にも二度目の襲撃からドンの命を救う。ドンの家では長男のソニーが部下を指揮したが、一家の養子で顧問役のトム(ロバート・デュヴァル)は、五大ファミリーとの全面戦争を避けようとした。だがソロッツォを殺さなければドンの命は危うい。タッタリアとの闘いは熾烈をきわめ、持ち前の衝動的な性格が災いしてソニーは敵の罠に落ちた。そんななかでドンの傷も癒え、和解が成立した。二年後、米国に帰ったマイケルはドンの跡を襲う。ある日の朝、孫と遊んでいたドンが急に倒れた。偉大なるゴッドファーザーは、多くの人々が悲しみにくれる中で安らかに死を迎えた。
 「ゴッドファーザー」は、世界大恐慌後の米国に登場した珍獣かも知れない。日独伊を席巻したファシズムが米国では主流を占めなかったのは何故か。経済の三%に関与するマフィアなど遥かに及ばない世界最大のロックフェラー財閥の暗躍は意外にも知られていない。“Change”をかけ声にしたオバマもロックフェラーのマリオネットに過ぎないという穿った見方もある。





ウォール街(米国 1987年)

愛知保険医新聞刊

 若手証券マンであるバドは、貧乏人から巨万の富を築いたゲッコーをいつか追い抜こうという野望に燃えていた。ある日、バドはゲッコーのオフィスを訪れ、航空会社のインサイダー情報を提供することの見返りに証券売買注文を引き受けることに成功する。
 二人の関係はより密となり、営業と顧客という関係から、家族に近い関係へと発展する。その後、バドとゲッコーは株式買占めによる航空会社の買収を計画する。しかし
バドの父親は金儲けのための企業の乗っ取りは獣以下だと強硬に反対する。ゲッコーの狙いは航空会社を解散し、航空機や従業員の年金だった。
 労働の喜びとともに誠実に生きた父を見たバドは、自分のあさましさに目覚める。バドはゲッコーが航空会社の買収を画策していることを公にする。市場はすぐ反応を示し、航空会社の株価はわずか一日で約五〇%も増加する。大物投資家に買い取ってもらい航空会社の存続を実現することで、ゲッコーへの復讐に成功する。 マネーゲームで富を増やす機関投資家の強欲さと非情さと卑劣さを見事に描いた作品だが、資本主義の枠内での企業救済という描き方は甘い。
 世界大恐慌の再来の渦中にある現在、カジノ資本主義が実体経済に影響しない法的規制が必要だ。百五十年以上前のエンゲルスの「労働者は恐慌の犠牲で失業し、それまで許されていた僅かなものさえ奪われる。この状態でどうして貧しい人々が健康でいられるのか?」という言葉からも、医師も茨の道を余儀なくされることは明白である。





ガラスの動物園(1987 米国)

愛知保険医新聞刊


  世界大恐慌の渦中で生きる富や愛とも無縁な貧しい家族の物語。テネシー・ウィリアムズの同名の戯曲の映画1950年版のリメイクで、監督はポール・ニューマン。音楽はヘンリー・マンシーニ。
 セントルイスの裏街にたたずむ荒れ果てたアパートに、船員姿のトム(ジョン・マルコヴィッチ)がやってくる。世界大恐慌の嵐に見舞われた1930年頃、暗い家庭の空気を嫌って海に飛び出したトムは、ある朝見張台に立って過ぎし日を回想した。
 セントルイスの裏街に住むウィングフィールド一家は、母アマンダ、二つ年上の姉ローラとともに細々と暮らしていた。昼はデパートで働き、家でもアルバイトをしている母親のアマンダの手がよく行き届いていて、つましいながらも温かく落ちついていた。だが倉庫の事務員をし、映画が大好きで詩を書くことに生きがいを求めている息子のトムは、道徳家で子供たちには口うるさい母親をけむたがり喧嘩ばかり。一方足が不自由で極端なはにかみ屋で、ガラス細工の動物の手入れしている時が最も幸せだという姉のローラに対しては、いたわりの目をもっていた。母の頼みもあって、トムは家に同僚の青年を招待する。彼こそローラが高校時代に胸ときめかせたあこがれのジムだった。食事の直後、家中が真っ暗になった。ロウソクの灯の下で、ジムはローラに劣等感をはね返せと口づけをして励ます。しかしジムには既に婚約者がいた。
 トムはいま長い放浪生活から帰ったが、家には母や姉の姿はなく苦い思い出だけ。侘しさや切なさに苛まれ、ささやかな楽しみの「ガラスの動物園」さえ壊されたのだ。





モダン・タイムス(1936年 アメリカ)

愛知保険医新聞刊

  チャップリンの名作「モダン・タイムス」は、大恐慌下で生きることの厳しさと悲劇を物語る。
 職工チャーリーは、毎日の単調な仕事を続けている内に、気がおかしくなって乱暴を働き入院となる。全治したが工場はクビになり、医者には興奮は禁物だと注意された。とぼとぼ街を歩いていると暴動の群集に捲込まれて、赤旗を持って先頭に立たされた彼は首謀者と見なされ投獄されるが、無罪が判って放免される。チャーリーは造船場で職を得たが、不慣れな仕事で直ぐ解雇され、もう一度監獄へ戻る方法はないかと思案し始める。飢えた不良少女が食物を盗んで警官に捕ったのを見たチャーリーは、直ぐ無銭飲食をして警察へ引立てられた。牢へ送られる途中でチャーリーは少女と顔を合わせる。二人は示し合わせて逃亡を図る。それからこの二人はどんなことがあっても別れない仲となった。百貨店の夜警に雇われたチャーリーは、やっと好きな仕事を見付けたと喜んだのも束の間、最初の晩に散々泥棒に荒らされ彼も嫌疑を受けて投獄された。出て来ると少女はキャバレーの踊り子になって働いていた。彼女の推薦で彼もそこの店で給仕をして歌うことに。ところがそこへある日現れた客はかつて少女を感化院へ入れようと探していた若い役人だった。チャーリーは娘を連れて逃げ出した。そして間もなく楽しげに、流浪の旅に出る二人の姿がThe End となっている。現代的生産現場から落ちこぼれ、監獄でしか衣食住を満たせない姿は、大恐慌がもたらした悲劇である。
 刑務所が増設され公立病院が統廃合される今日、医療は不況に強いなどと間抜けな時代認識ではいけない。





俺たちに明日はない(1967年 アメリカ)

愛知保険医新聞刊


  若者たちが窃盗を繰り返す「俺たちに明日はない」は、わが国での六十年代にアナーキーな青年心理を捉えた作品だった。『ボニーとクライド』を見てないと流行遅れになるほどの人気だった。
 感化院のあがりのクライド(ウォーレン・ベイティ)が車を盗もうとした時、邪魔をしたのがボニー(フェイ・ダナウェイ)だった。はじめての出会いだったが、クライドはボニーの気の強さに、ボニーはクライドの図太さに惚れた。二人一緒なら恐いものなしと、犯行をくり返していった。ほどなくC・Wを加え、仲間は三人になり、神技に近い巧妙な車泥棒で稼ぎまくった。しかし、この名トリオもクライドの兄バック(ジーン・ハックマン)とその女房のブランシュの出現によって破られた。ガミガミ屋のブランシュと負けずぎらいのボニーとはそりが合わない。それでもとにかく五人の犯行はその後も続き、活躍の場も次第に広くなっていった。しかし、悪運もつき、アイオワで五人は保安官たちに囲まれ、激しい射ち合いの末、バックは重傷を負う。次第にせばまる囲みを破ってクライド、ボニー、C・Wは逃げだしたが、ブランシュはバックを看とるために残った。再び三人にもどったクライドたちは自動車泥棒を続けた。母親に会いたくなったというボニーと一緒に彼女の故郷を訪れたあと、三人は、隠れ家を求めてC・Wの父親の農場にたどりつく。父親は息子の命とひきかえにボニーとクライドの隠れ場所を密告し、若い男女の愛と無法の歴史は潰え去る。
 明日の見えない愛の逃避行と自棄的な犯罪歴は大恐慌が若者たちにもたらした絶望の所産でもある。





神に選ばれし無敵の男(2001年 米国)

愛知保険医新聞刊

  実在した人物ハヌッセンはワイマール期に活動したユダヤ人の手品師だった。ゲッペルスとも交流があり、ヒトラーお抱えの預言者としても活躍し、ヒトラーの演説指導もしたという。ナチス政権誕生時には、『オカルト省』の設立まで画策していたという。
 1932年、ポーランド東部の小さな町。鍛冶屋のユダヤ人青年ジシェは、レストランでユダヤ人だと馬鹿にされ乱闘騒ぎを起こす。弁償できない彼は、怪力ショーで賞金を稼ぐ。それを見ていたバライエティ業界にスカウトされる。彼の雇い主はハヌッセン。ドイツの有力者たちが集うベルリンの“神秘の館”で、怪力ショーを始めるジシェ。千里眼のハヌッセンと怪力のジシェのコンビは、ナチスの中枢に影響力を持ち始める。だがジシェはやがて出自に悩み、ステージでユダヤ人であることを告白する。観客から罵倒されたが、翌日からジシェの舞台は現代のサムソンと話題を呼び行列ができるほどの人気に。しかしユダヤ人排斥運動は次第に激しさを増していく。そんな時、ハヌッセンも実はユダヤ人であることが明らかとなる。野望達成直前にして、自らの生涯を終わらせるハヌッセン。ジシェは、密かに憧れを抱いていた女性ピアニストとの別れを悲しみつつ、帰郷。ジシェは使命感を胸に、民衆にこれから迫りくるナチスの脅威を呼び掛けるが、誰も相手にはしてくれなかった。
 権力に取り入り一世を風靡したつもりでも、所詮は道化師。時代に迎合した生き方では歴史の藻屑となって消え去るだけである。預言者やオカルトが跳梁跋扈する時代は、ファシズムの前夜であることを教えた作品でもある。





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