エッセイ ちょっとブレイクしませんか


◆エッセイ「ちょっとブレイクしませんか」


菱電工機エンジニアリング株式会社の社内報にて連載しているエッセイです。

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ちょっとブレイクしませんか


◆第9回 34丁目の奇跡(1994年米国)

イソップ物語の小話「女魔法使」



 魔法使の女が神様の怒りを解く呪文や御祓(おはらい)を売り物にして、またそれがよく当たり、それで相当なお金をためこんでいた。ところが、人々はこの女を宗教の改革を企てる者だと告発し、裁判を受けさせ、罪状を挙げて死刑判決を下した。女が裁判所から引き出されるのを見た者が言うには「おい、お前は神様の怒りを遠ざけると公言するくせに、どうして人間の説得ができなかったんだ」

  NY西34丁目の老舗デパート・コールズは、営業不振からランバーク社長率いるライバル・デパートに買収されようとしていた。Xマス恒例の感謝祭パレードのサンタ役トニーが酔払って、イベント責任者のドリーは困り果てる。そこへ老人クリスが現われ、自分こそサンタだと言い張る。彼女はクリスを雇う。Xマスセールのサンタ・コーナーでクリスは、丁寧に子供たちのプレゼントの相談に乗った。クリスのお蔭で、コールズはXマス商戦で圧倒的な人気を集めた。ドリーの娘スーザンが母親のボーイフレンドである弁護士ブライアンとクリスを訪ねた。彼女は母親からサンタは実在しないと教え込まれてきたが、ろうあ者と手話で話す彼を見て本物のサンタだと確信する。コールズの巻き返しに怒ったランバークは、クリスを陥れようと、サンタ役を失ったトニーを雇い、嫌がらせをさせる。はずみで彼を殴ったクリスは精神病院に送られる羽目に。「信じる心を失ったら、疑うだけの人生になってしまう」と語るクリスにドリーも反省し、ブライアンに助けを求める。彼は強制収容に異議を申し立て、聴問会を要求。ブライアンは病院にクリスを訪ね、「あなたはサンタだ。2人でサンタが実在することを証明しよう」と言う。コールズは社が一丸となってクリス救済のキャンペーンを展開。NY中が注目する聴問会が始まり、いよいよ裁定となった時、スーザンは判事に1ドル紙幣を差し出す。判事は紙幣に印刷された「我々は神を信じる」という文を見て、「サンタも存在する!」と明言。異議は認められ、34丁目に集まった大観衆から歓声が轟いた。

 本物のサンタクロースを自称する老人が巻き起こす騒動を通じて、信じることの素晴らしさをうたい上げた心温まる作品だ。「悪の枢軸」などと地球規模でサタン狩りが行われる時代。夢と希望が乏しい昨今・・・





◆第10回 風と共に去りぬ(1939年)

イソップ寓話集に「振分け袋」と題する小話がある。


「その昔、プロメテウス*は人間を造ると、二つの袋を首に掛けさせた。一つは他人の欠点、もう一つは自分の悪い所を入れる袋で、他人用の袋は体の前に据え、今ひとつは背後にぶらさげた。それ以来人間は、他人の欠点はたちどころに目につくのに、自分の悪い所は予見できない、ということになった」
*プロメテウスとはギリシア神話に登場する神でpro(先に)+metheus(考える者)で、「先見の明を持つ者」の意である。

 映画史に残る名作「風と共に去りぬ」を知らない人はまずいない。しかし、作品を見た人はどれくらいいるだろうか。南北戦争の時代が舞台である。南部の大地主オハラの長女スカーレットは、同じ大地主ウィルクス家の嫡子であるアシュリーと彼の従妹メラニーの婚約発表を聞いて心おだやかでなかった。激しい気性と美しさをあわせ持つスカーレットは、多くの青年の憧れの的であったが、彼女の心はアシュリーとの結婚をかたく決意していたのだ。スカーレットは素行のあまり良くないレットに会い、何か惹きつけられた。突然、戦争の開始が伝えられ、スカーレットはアシュリーに振られてやけっぱちになりメラニーの兄チャールズと結婚。だがチャールズは戦争で病死。捕虜になっていたアシュリーがかえって来て、スカーレットは再び彼に愛を告白して、またまたはねつけられた。彼女は妹スーレンの許婚フランクが事業に成功しているのを見て、欺いて彼と結婚し、唯金儲けだけに生きるようになった。フランクが死んで、スカーレットはレットと結婚したが、まだアシュリーへの想いが断ち切れなかった。身勝手なスカーレットに愛想をつかしてレットは去っていった。スカーレットはこのとき初めてレットを愛していたと気付くのであった。 自らの美貌に自惚れて、アシュリーの愛を勝ち得て当然と独り合点した主人公に、周囲の人々が振り回されるというたわいもないストーリーだ。このスカーレットの自惚れた生き様に、自己愛性パーソナリティ障害の典型的な病像が描かれている。もちろんどこにでも身勝手で他人を利用するだけの人物はいる。適度な自己愛を保って利己主義と利他主義とのバランスが取れていることが成熟の証である。





◆第11回 チャイナ・シンドローム(1979年)

イソップ寓話集に「遭難者と海」と題する小話がある。



「難破して浜辺に打ち上げられた人が、疲れきって眠っていた。やがて起き上がり、海を見やると、海は穏やかな様子で人間を誘(おび)き寄せるが、迎え入れた後で、荒れ狂って滅ぼすと、言って非難した。すると海は女の姿になって彼に向って言うには『そこの人、文句は私ではなく風にいいなさい。私は生まれつき、そなたが今見る通りの姿。風が突然襲いかかり、私を波立たせ荒れ狂わせるのです』」

 広島・長崎の原爆から34年目の1979年の映画「チャイナ・シンドローム」(米国)公開後の12日目にスリーマイル島原発事故が発生した。テレビのキャスター、キンバリー(ジェーン・フォンダ)はカメラマンのリチャード(マイケル・ダグラス)と取材に赴くが、リチャードは制御室の撮影を禁止された。その時突然震動が起こり大騒ぎの制御室で技師のジャック(ジャック・レモン)が冷静に指示を与える。やがて、放射能漏れが判明、原子炉緊急停止の命令が出される。その様子をリチャードが撮影。キンバリーは早速プロデューサーに報告したがスクープ報道を制止される。運転が再開された原発で不安を抱いていたジャックはかすかな震動を感じ、原子炉を調べにいった。やはり、ポンプの一つに漏れがあった。リチャードの撮った写真を見た物理学者は、もう少しでチャイナ・シンドロームになるところだったと断言。ジャックは写真をキンバリーに渡し、キンバリーはテレビ報道する。  3月11日に発生したマグニチュード9.0の東日本大震災は、太平洋プレートを5mも押し上げ、日本列島を東に1m移動させ、地球に自転速度を1/180万秒速めた。そして福島原発の炉心溶解を引き起こし、巨大津波で3万人近い人命と5万戸を超える家屋を破壊した。海のお陰で今日の我々の命が誕生し、海の幸はわが国の食生活を支えてきた。呪いたくなる巨大津波の主役となった海。しかし、海に津波を演じさせたのは地殻変動という黒幕がいたのだ。冷静に考えると、大災害の背景には地球の営みを軽視した居住政策もあった。原発事故には安全対策の怠慢もあった。今回の三重(トリプル)大災害(ディザスターズ)は、エコ先進国日本の威信も失墜させた。 モノづくりニッポンの再興・新生に、エンジニアの叡智が今ほど強く求められている時はない。それにしても、女川原発、小女子、今回の災害で、女という文字が目につくのは、一体なぜだろう。





◆第12回 モダン・タイムス(1936年)

イソップ寓話集に「二つの道」と題する小話がある。


「その昔、ゼウスの命令により、プロメテウスは人間に二つの道を示した。自由の道と奴隷の道だ。自由の道は、初めはごつごつとして抜け出るのもむつかしく、切り立って水場とてなく、棘だらけで危険がいっぱいだが、最後にはうち開け、散歩道や森の木の実や湧き水にあふれ、辛酸の後の願いに至るようになっている。一方、奴隷の道は、初めは広く平坦で、花咲き乱れ、目や口を楽しませるものにあふれているが、最後には抜け出すのもむつかしい険しい崖道になるのだ」

 「モダン・タイムス」(1936年)は、大量生産システムに対するチャップリンの鋭い皮肉が満載されている。大工場で職工をしていたチャーリーは毎日単調な仕事を繰り返している内に、とうとう気が変になってしまう。解雇され、街を彷徨っていると暴動に捲込まれて、彼は首謀者と見なされて投獄されてしまう。だが、無罪放免となる。チャーリーは造船所で職を得たが、慣れない仕事でまたまた解雇される。ふとチャーリーは飢えた不良少女が食物を盗んで警官に捕まったのを見た。彼は直ぐ無銭飲食をして警察へ引立てられた。牢へ送られる途中でチャーリーは少女と顔を合わせる。二人は示し合わして逃亡した。それからこの二人はどんなことがあっても別れない仲となった。チャーリーは百貨店の夜警に雇われた。やっと好きな仕事を見付けたと喜んだのも束の間、最初の晩に散々泥棒に荒らされ、彼も嫌疑を受けて投獄された。出て来ると少女はキャバレーの踊り子になっていた。彼女の推薦でその店で給仕をして歌うことになり、二人とも非常な成功をした。ところがそこへある日現われた客はかつて少女を感化院へ入れようと探していた若い役人だった。チャーリーは娘を連れて逃げ出し、二人並んで浮浪の旅に出るのだった。 現代人は生きるために働かなくてはいけないが、働くと生産管理や生産システムに縛られる。奴隷的ともいえる生き方でそこには自由はない。一方、自由を享受すれば、ノルマやストレスからは解放されるが、生きる糧を失う。本作品で需要が高まってラインのスピードを上げるように社長が指令する場面は、映画「ベン・ハー」の中の海戦場面で、奴隷に櫓を漕ぐ速度を上げさせる場面と同じだった。ラテン系では、家電製品などが故障すると、修理されて戻ってくるまでに1か月もかかったという。なんとも悠長な話だが、リペアーするエンジニアにある程度の裁量があると、ストレスもいくらか軽減される。働くことは人生を豊かにするためにあるのだが、欧米人とわが国では、人生観や労働観も違いがあるようだ。「モダン・タイムス」が80年近く経っても、今なお新鮮なのは現代でも自由の道と奴隷の道という二つの道の矛盾が脈々と生きているからだ。





◆第13回 市民ケーン(1941年)

 十七世紀、仏蘭西の名門貴族ラ・ロシュフコー公爵は、「箴言集」(岩波文庫 二宮フサ訳 1989)で「誰の助けも借りずに独りでやっていく力が自分にはある、と信じる人は、ひどい思い違いをしている。しかし、自分なしには世の中はやっていけないと、信じる人は、なおさらひどい思い違いをしている」と記している。

 1941年の映画「市民ケーン」は、映画史上に燦然と輝いている名作だ。大邸宅で「バラの蕾(つぼみ)」という謎の言葉を残し新聞王ケーン(オーソン・ウェルズ)は死んだ。ニュース記者トムスンは「バラの蕾」の中にケーンの真の人間性を解く鍵があると信じ、彼の生涯に関係のある人々に会うことになった。ケーンが幼少の頃、宿泊代のかたにとった金鉱の権利書から母親が思わぬ金持ちになった。そのために彼は財産の管理と教育のため、片田舎からニューヨークに。青年になったケーンはかねてから興味を持っていた新聞経営にのりだした。まず破産寸前の新聞社を買いとり友人の協力を得て完全に立ち直らせた。さらに斬新で強引な経営方針と暴露と煽動の編集方針で遂にニューヨーク一の新聞に育てあげた。読者を楽しませるが決して真実を語らぬ彼の態度を友人は諌めるが、飛ぶ鳥も落とすケーンの勢いには全く通じなかった。世界第6位という財産をバックに報道機関をことごとく掌中にし、彼の権力はもはや絶対的なものになった。
 一方大統領の姪エミリーをしとめるに至り知事から大統領への座は目前のものとなった。しかし圧勝を予想された知事選挙の数日前に、オペラ歌手スーザンとの情事をライバル紙で暴露され形勢は逆転。それと同時に妻はケーンのエゴイズムに耐え切れず去っていった。離婚、落選という初めての挫折にケーンはスーザンにご執心となる。彼女の素質も考えず巨大なオペラ劇場を建て新聞で大々的に宣伝をしたが、それはかえって彼女にプレッシャーとなり自殺未遂へと追いやり、遂には彼女にも見放される。そしてケーンは孤高の死を遂げる。死後身辺が整理され、おびただしいがらくたが暖炉に投げこまれた。そのなかの1つ幼少の頃に遊んだソリが燃えあがる瞬間、ソリの腹に「バラの蕾」の文字が現れた。
 「市民ケーン」から70年、瓦版からネット配信時代に移り、名門シカゴトリビューンの倒産に象徴されるように、新聞業界も深刻な経営難に陥っている。企業どころか自治体や国も例外ではない。企業の継続・発展には、絶えざる技術(イノ)革新(ベーション)とリーダーシップの統合が不可欠だ。「箴言集」は「自尊心は、人間喜劇のあらゆる登場人物を独りで演じたあと、あたかも手練手管や多種多様の返信に疲れたかのごとく、素顔で現れ、尊大さによって正体を明らかにする。だから正確に言えば、尊大さとは自尊心の表明であり宣言なのである」とも記している。
 権勢を極めた平清盛が「驕る平家は久しからず」「盛者必衰」を千年以上前に語ったとされるが、盛者にも驕る者にも縁がない人々にも自尊心と利他愛を如何に癒合させるか、教えられるところの多い作品である。





◆第14回 天井桟敷の人々(1944年 仏蘭西)

イソップ寓話に「道化と田舎者」と題する小話がある。


ある時、金持ちの貴族が劇場を開き、新しい出し物を考えた者には、多大な報酬を遣わすとのおふれを出した。そこへ、大変面白いと評判の道化がやって来て、今まで、一度も舞台に掛けられたことのない出し物があると言った。すると、この話は世間で持ちきりとなり、人々は大挙して劇場に詰めかけた。道化は、道具も助手も連れずに一人舞台に姿を現した。群衆は何が始まるのかと固唾を飲んで見守った。

1840年代、ルイ・フィリップ治下のパリ繁華街を舞台に、とりどりの人間群が織りなす人生の色模様をバルザック的な壮麗さで描いたカルネ・プレヴェルの代表作。 劇の中心をなすバティストとルメートルは共に実在の人物で、前者は本名シャルル、パントマイムのピエロ役の近代的創造者として知られている。
 タンプル大通り、通称犯罪大通りで裸を売りものにしている女芸人ガランスはパントマイム役者バティストと知り合いになった。バティストは彼女を恋するようになった。無頼漢ラスネールや俳優ルメートルもガランスを恋していた。
 バティストの出ている芝居小屋「フュナンビュール」座の座長の娘ナタリーはバティストを恋していた。ガランスにいい寄るにしてはバティストの愛はあまりに純粋であった。
 ラスネールといざこざを起こしたガランスは「フュナンビュール」に出演するようになった。ガランスの美貌にモントレー伯が熱をあげた。5年後、バティストはナタリーと結婚、一子をもうけていた。ガランスは伯爵と結婚していた。人気俳優になったルメートルのはからいでバティストはガランスに劇場のバルコニーで会うことが出来た。一方、劇場で伯爵に侮辱されたラスネールは風呂屋に伯爵を襲って殺した。バティストはガランスと一夜を過ごした。翌朝、バティストの前に現れたナタリーと子供の姿を見たガランスは、別れる決心をした。カーニバルで雑踏する街を去るガランスを追ってバティストは彼女の名を呼び続けた。

 言葉を発せずに自分の気持ちを他人に伝えるのは、ボディランゲージとかアイコンタクトとか今日云われている。バティストは悲しみや純粋な愛情をパントマイムで見事に表現している。
 ところで、KY(空気が読めない人)人が最近増えている。他人の心は読め過ぎても困るが、全く鈍感というのもこれまた困る。的確な状況判断には、言葉と感情のセンサーが作動していないといけない。
 ところで芸人はいまでこそアブク銭とメディアでの知名度の高さを得てセレブ気取りでマフィアと繋がったり政治家になったりお粗末極まりないが、昔は河原乞食とも云われたレベルの存在にすぎなかった。
 「天井桟敷の人々」は映画史上に燦然と輝く名作だ。愛憎、直向な愛と失意、駆け引きや妥協など今日でも通じる人の心を道化師を中心に描いているからだ。





◆第15回 タイタニック(1997年 米国)

イソップ寓話集に「船旅をする人々」という小話がある。


 「人々が船に乗り込んで航海に出た。ところが、沖に出たところで大しけとなり、船は今にも沈みそうになった。乗客の一人は着物を引き裂き、泣きわめきながら祖国の神々に呼びかけて、皆の命が救われたなら、感謝の供物を捧げると約束した。嵐が止み、凪が戻ると、九死に一生を得たというので、彼らは祝宴を張り、踊ったり跳ねたりした。舵取りはしかし堅実な男であったので、彼らに対して言うには『皆の衆、われわれは、ひょっとしたらまた嵐になるかもしれぬ、というつもりで喜ばねばなりませんぞ』

 15年前300億円の巨額な製作費用を投じて、世界中を席巻した映画「タイタニック」(1997年米国)はアカデミー賞11部門を受賞した。
1912年。イギリスのサウサンプトン港から処女航海に出ようとするタイタニック号に、賭けで勝って旅券を手に入れ三等客室に乗り込んだ青年ジャック(レオナルド・ディカプリオ)がいた。17歳のローズは上流階級の米国人、大資産家で婚約者のキャル、ローズの結婚を強引に決めた母親ルース、富豪夫人のモリーと一緒に一等船室に乗る。ローズがキャルとの婚約に疑問を抱き、船の舳先から飛び降りようとしたのを助けたのがジャックだった。ジャックはローズの家族から食事の招待を受け、上流階級の生活を垣間見る。同時に二人は激しい恋に落ちた。ローズの心が自分から離れたのを知ったキャル。深夜、船は氷山にぶつかって、浸水が始まり、沈没が確実となった。女と子供が優先してボートに乗せられるが、ローズは船底のジャック救出を優先し、結局ジャックや多くの乗客、乗員とともに最後まで船に取り残される。二人は船の残骸の木切れにつかまったまま冷たい海の中で救出を待つ。結局、上流階級の人々やお金持ちは助かったが、船長とタイタニック設計者らは海の藻屑となった。
 タイタニック沈没から80年以上経過したその時、老いたローズの心の中にいつまでもジャックの姿は残り、彼との結婚式の様子が胸に浮かんでいた。

 3.11(2011年東日本大震災)発生14時56分の2時間後に迫りくる巨大津波を避けるために沖に出た勇敢な漁師たちがいた。幸い船は無事だったが、東電福島第一原発溶融による放射能汚染で漁が出来なくなった。辛うじて命は助かっても生存する基盤がないと、希望を保つことは難しい。2001年のえひめ丸事件では、乗務員の35人のうち取り残された教員5人、生徒4人が死亡して、救出されたうち9人がPTSDと診断された。
 1,500人の収容能力を持つ豪華客船タイタニックには、社会の最下層から超上層まで皆乗っていた。映画「タイタニック」の見所は、美しい恋愛や叶わぬ愛にではなく、埋めがたい格差が生死の境になるという怖い現実だった。人生もしばしば航海に喩えられる。順風満帆であっても警戒心を忘れてはいけないし、難を逃れたからといって、一安心という訳にはいかない。





◆第16回 スティング(1973年 米国)

イソップ寓話集に「蟻」と題する小話がある。


「今の蟻は昔は人間であった。農業に勤しむのはよいが、自分の汗の結晶に満足せず、他人のものにまで羨望の眼を向け、隣人の収穫をくすね続けた。ゼウスがその貪欲に腹をたて、姿を変えて、蟻と呼ばれる生物(いきもの)にしてしまった。彼は姿を変えても、心ばえは変わらなかった。だから今も畠を歩きまわって、他人の小麦や大麦を集めては自分のために貯えている」


 40年近く前の映画に「スティング」(1973年 米国)がある。1936年。マフィアの一員から金を奪った詐欺師ルーサーが殺され、組織の手は一味の1人フッカーにものびていた。ルーサーの復讐を誓ってフッカーはシカゴのゴンドルフを訪ねた。だが頼みとするゴンドルフは、ギャング同志の争いでFBIから追われ、今では売春宿に身を隠している有リ様だった。しかし、親友の死を知ったゴンドルフは、相手がロネガンと聞き目を輝かせた。その日から2人は、ロネガンがポーカーと競馬に眼がないことを調べ上げた。ゴンドルフは急ぎ昔の仲間を集め、下町にインチキノミ屋を構えた。列車の車中で、ロネガンはいつもポーカー賭博をやると聞いたゴンドルフは、その仲間入りをし、いかさまでロネガンを大きくへこませた。しかも、ロネガンのサイフはゴンドルフの情婦にスリ取られていたために負け金を払うことも出来ない始末だった。翌日、ロネガンの宿にゴンドルフの勝金を取りにきたフッカーは、ゴンドルフのポーカーがイカサマであることを告げ、頭にきたロネガンに負け金の何十倍も稼げる話を持ち込んだ。「ゴンドルフの経営するノミ屋に電送されてくる競馬中継は、電報局の局長と組んで数分遅れで放送していて、既に結果が出た馬券を買えるので、ゴンドルフを破産させるのは容易い」と説得した。
 だが、彼らの活発な動きはFBIの目にとまり始めていた。ロネガンはフッカーの持ち込んだ話が信用できるのかどうか、あらゆる手を打ってためしていた。遂、50万ドルの大金を注ぎ込むことにしたロネガンは自らノミ屋に出向く。ロネガンが50万ドル注ぎ込んだレースが始まった瞬間、ノミ屋にFBIが踏み込む。ゴンドルフは自分を裏切ったフッカーを射殺し、そして自らもFBIの銃弾に倒れた。店内は大騒ぎになり、ロネガンはFBIに連行された。だがこれは、FBIまでふくめて皆フェイクでゴンドルフの筋書通りだった。

 中小建設業界の年金を2.000億円も集め、8千万円もの年俸と数億円の配当金を得ていたAIJ浅川社長は「蟻」の数万倍のパクリ屋だ。陋劣な本性の人はどんなに懲らしめられても生き方を変えないだろう。AIJの被害者は、お金を取り返す目処がなく途方に暮れている。お蔭でうつ病が再発した経営者もいる。





◆第17回 キング・オブ・コメディ(1983年 米国)

イソップ寓話集に「法螺吹(ほらふき)」と題する小話がある。


 国ではいつも、もっと男らしくやれ、とケチをつけられていた五輪競技の選手が、ある時海外遠征に出て、暫くぶりで戻ってくると、大言壮語して、あちこちの国で勇名をはせたが、殊にロドス島では、オリンピア競技祭の優勝者でさえ届かぬ程のジャンプをしてやった、と語った。もしもロドスへ出かけることがあれば、競技場に居合わせた人が証人になってくれよう、とつけ加えると、その場の一人が遮って言うには「おい、そこの兄さん、それが本当なら、証人はいらない。ここがロドスだ、さあ飛んでみろ」

 TVの人気芸人ジェリー(ジェリー・ルイス)が、収録を終えて劇場から出て、リムジンに乗り込んだジェリーの後から、ルパート(ロバート・デ・ニーロ)も一緒に乗り込む。ルパートは「自分もジェリーのようなコメディアンになりたい」と初対面なのにずうずうしく自己紹介。ジェリーは、うんざりしながらオフィスに電話してくれといなす。そんなジェリーの本心をまるで察しないルパートは、人気芸人になった自分を夢想する。翌日、ルパートはジェリーのオフィスに電話するが、会議中ということで取り次いでもらえない。直接、オフィスに行き受付係と交渉し、やっと秘書のキャシーに会うことができた。キャシーに「漫談のテープを聞かせてもらえたら」と言われ、ジェリーはデモ・テープを作って、キャシーに手渡す。翌日、キャシーからパンチが足りないと言われて、ルパートは反論、直接ジェリーに会おうとしてオフィスに入り込み、つまみ出される。週末、ルパートはジェリーの別荘へ行き、彼から「連絡してくれと言ったのは、追い払いたかったからだ」と聞き、一瞬落ち込む。遂に彼はジェリーを誘拐し、ジェリーの代わりに今夜のTVに出演させろと脅迫。司会者が、ルパートを紹介し、ルパートは漫談を喋った。TVで自分の晴れ姿が放映された頃、ジェリーは解放される。ルパートは誘拐罪で懲役6年を求刑された。服役中に回想録『一夜だけの王様』を執筆して、ベストセラーに。釈放されたルパートはTVで本物の喜劇王になった。

 「将来は総理大臣」「未来の社長」を豪語する法螺吹の若者が減っている。
 2012年は山中伸弥氏がノーベル医学生理学賞を受賞した。整形外科医の時は不器用で「ジャマナカ」と、ネズミ相手の実験ばかりで「ヤマチュウ」と揶揄にされたが、めげずに4つの遺伝子が人口多能性幹細胞に不可欠であることを発見し、iPS細胞の生成に成功した。山中氏は法螺吹とは正反対の謙虚で地味な人柄だ。TV芸人ならば「キング・オブ・コメディ」のように、有名になること=才能と勘違いしているナルチストが多い。しかし、サイエンスの世界ではそうはいかない。いずれにしても、事実による証明が手近にある時は、言葉は要らない、ということをこの小話は説き明かしている。





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