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治療

連続Gambee吻合 (垂直マットレス縫合による消化管吻合術)

八千代病院で開発した消化管吻合法(連続Gambee法)が1000症例に達しました。正式には垂直マットレス縫合による消化管吻合術と呼びますが、普段は連続Gambeと呼んでいます。手術成績はトップ(たぶん史上2位)でひとつの施設で全ての手縫い吻合を同じ方法同じ手順で1000症例続けたことはほかには例がないと思います。消化管吻合という言葉は一般的ではないし、ネットにも分かりやすい記載がないようですので以下に説明します。

胃、小腸、大腸などを切除したあとに消化管をつなぎ合わせ、食べたものが通過できるようにすることを消化管吻合と言います。がんなどで閉塞した部位をバイパスするときにも消化管吻合が必要です。消化管吻合というのは一般的な名称で、たとえば胃の出口(幽門)側4分の3を切除したあとは胃と十二指腸を吻合するので胃十二指腸吻合と言います。これから記述するのは手縫いでの消化管吻合術です。視野が悪く術野が狭い直腸や食道での吻合は器械で吻合するのが一般的ですが、普通の吻合は針糸で縫合します。針は半円状に弯曲しており、糸は生体内で溶けるものが一般的です。糸は初めから針の付いた状態になっており、絡まないようパッケージされています(図1)。

図1
吻合糸

縫合の仕方すなわち吻合法は多数あります。消化管の壁全体を縫い更に外側から針糸をかける方法(Albert-Lembert吻合:図2)がもっとも古典的で多用されていると思われます。消化管の壁の各層が接合しやすいよう全層を縫ってから粘膜層に針糸をかける方法(垂直マットレス縫合:Gambee法:図3)も一般的な方法です。そしてそれらにいろいろヴァリエーションがあります。外科医は自分が教育を受けた病院、働いた病院の方法、あるいは大学医局の方法などから自分に合った方法を選択します。したがって同じ病院の外科でも外科医によって違う方法で吻合していることもしばしばです。また同じ名前の方法でも手順や使用する縫合糸など全く異なることもあります。


図2

Albert-Lembert吻合
 


図3

Gambee法

自分は最初の豊橋市民病院、国立がんセンターなどでGambee法が主流であったため長年その方法で吻合していました。この方法は普通一回の運針ごとに糸を結ぶ(結紮)を行うのが普通です。いちいち結紮せず1本の糸で連続して縫ったほうが良いのではないかと以前より考えていたところ、13年前,部下の血管外科志望の医師がやってみようと提案してくれました。ちなみに血管外科では2.5-3cm径の大動脈を吻合するのにも1針毎に結紮することは希で、連続縫合で吻合をします。それまでいちいち結紮するGambee法でも合併症はきわめて少なかったのですが、いちいち結紮するより単純で簡単な方法がよいと思い連続縫合を始めることにしました。

誰もしていない方法は始めるのに勇気が要ります。しかし文献上単純に連続縫合で吻合するのみで良い成績が得られるという報告は知っていました。理論的には我々の方法のほうが消化管の各層が接合しやすく治癒しやすいはずです。経験の浅い外科医が常に在籍するチームでもあり、手順をきちんと決めることが大切です。縫い合わせる消化管のどこから始め、どちら向きに吻合を開始してどこで終わるかなど、コマゴマと頭の中で手順を構築しました。そして少しだけ試行錯誤して両側に針が付いている針糸で裏側と表側をそれぞれ別の針で右側から縫合して最後に結紮するという方法に決めました(図4)。また縫合操作中に撚れにくい糸を捜し3種類ほど縫合糸を試して最良のものを選びました。これは釣りのナイロン糸のようなモノフィラメントです。それ以来チームのメンバーは入れ替わりながら全員がずっと同じ手順で吻合しています。


図4

連続Gambee法

この方法を始めて最初は吻合部があまりにも柔軟でふにゃふにゃした感じなので心配しました。以前のように一針毎に結紮してゆくと吻合部はリング状にカチッとして安心な感じだったためです。手術中の判断は科学的に行うべきものですが、結構感覚的かつ主観的な判断をする傾向があります。これだけ手間をかけたら上手く行くだろう、のような類です。しかし手をかけたから必ずしもうまくゆくものではなく、シンプルな方が正しい場合も多々あります。今までと違った感触で多少不安を感じましたが、この柔軟性が良好な手術成績に関与しているかも知れません。

自分の外科チームは卒後3年目から10年以上のベテランまで常に入れかわっています。ベテランはそれぞれがそれまで違った吻合法を行っていたわけ、,連続Gambee法は初めてなのですが、あたらしいもの好き、あるいは抵抗を感じにくい医師だったのか、皆この吻合法に変更してくれてすべてこの方法で1000症例を超えました。もちろん決して強いたわけではありません。 10年以上のベテランに吻合の仕方の変更を強要することは手馴れた方法をやめさせることになり、ある意味では危険な行為だからです。

この方法の利点は縫合不全(つないだ所が破綻して漏れが生じること)などの術後合併症が非常に少ないことです。1001例1052吻合で縫合不全が11例、うち全身状態が極めて悪い、などあきらかな理由があるものが6例です。吻合部狭窄(つないだ所がせまくなり食事が通過しにくくなる)は5例でそのうち2例で内視鏡下にバルン拡張術を行いました。出血は3例で1例で内視鏡下止血術を行いました。250例目くらいで米国学会誌にHow toもので掲載していただきましたが*、今度はもう少し合併症をきたす危険因子を分析するような論文が書きたいと思います。合併症が少なくて統計処理がしにくいことではないかと危惧しています。

次の利点は手順が確立しているので経験の浅い外科医、今まで違う方法で吻合していた外科医にも容易に実施できることです。そして時間と経済性。今までのように運針1回ずつ結紮していると時間もかかり、何より糸が何本も必要になります。生体内で吸収される針付きの糸は1本400円-1000円と高価です。自分の以前の方法との比較では1吻合あたり5000円くらい安くなります。すなわち500万円以上経費を節約したことになります。ボーナスにはなりませんが記念祝賀会費くらいは出してもらってもよいはずです。

以上消化管吻合について記載しましたが、どの方法でもそれなりに良い成績ですので手術を担当する医師の手馴れた方法がベストです。消化管吻合を含む手術を受けられる患者さんは吻合法まで説明を受けられることは少ないと思いますが、細かく心配せずに担当医におまかせください。また我々の成績が良いのは単純に吻合法が良いからではなく、いつも消化管を丁寧に取り扱い、吻合部位が血行不良にならないように細心の注意を払ってきたからと感じています。

* Moriura S, et al :

 Continuous Mattress Suture for All Hand-Sewn Anastomoses of the Gastroinstestinal Tract. (全ての手縫いの消化管吻合を連続垂直マットレス縫合)
The American Journal of Surgery 184:446-448,2002