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Dr.TOYOAKI MUROHARA's
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室原 豊明 先生

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血管再生医療の歴史、現在、未来

血管再生医療に携わるようになったきっかけ

私はアメリカで2箇所に留学したのですが、一か所目は心筋の虚血再灌流障害を研究するラボでした。2年半ぐらいいましてだいたい教わることは教わった頃、VEGF(vascular endothelial growth factor)を使った血管再生療法を開発しておられましたタフツ大学のジェフ・イズナー教授が公演に来られました。私はその公演を聞いて非常にその研究に興味を持ちラボを変わろうと決意しました。それから手紙を書いて許可を頂きイズナー教授の下で血管再生医療の研究を始めました。それが1996年のことです。

当時から見た医療の進歩

当時は遺伝子治療というのが全盛の頃で、様々な遺伝子を投与することによって組織でタンパクを生成、作用させ様々な病気を治すという研究が盛んに行われていました。 血管再生分野ではVEGF(vascular endothelial growth factor)とかあるいは日本ではHGF(hepatic growth factor)を使った血管再生療法が研究されてましたが残念ながらその後の臨床トライアルではほとんどうまくいったという研究は出て来ませんでした。一方で細胞治療という手法があります。私たちも含めたのタフツ大学のグループが1997年に血管内前駆細胞という存在をサイエンスに報告しまして、その後その細胞が人の骨髄から導引されてくるということが分かりました。 そして私は帰国してから、骨髄細胞を移植すると血管再生が起きるんじゃないかということを仮説として立て、動物実験から進めて来ましてちょうど2000年ぐらいから患者さんご自身の骨髄の単核球細胞というのを取り出してこれを移植することによって血管再生を誘導するという治療を始めました。

今が当時と違ってることの一つは遺伝子治療から細胞治療に変わってきたということです。細胞治療も初期は骨髄細胞を使っていましたが最近では皮下脂肪由来の間葉系前駆細胞というものが存在し、これも血管を誘導できるということがわかってきました。私達は患者さんの皮下脂肪を取り出しそこから間葉系細胞を取り出して移植することによって血管再生を誘導するということを今やっています。

血管再生医療の歴史

血管再生医療が始まった背景はやはり重症下肢虚血です。 皮膚に潰瘍があったり、安静にしていても痛みがあるような方がこれに当たります。こういった方々は放っておくと切断しなければいけません。原因として一番多いのは閉塞性動脈硬化症、膠原病に伴う皮膚潰瘍、それからバージャー病という病気です。これはタバコに非常にに関連がある病気です。 そういった方でバイパス手術とか血管内カテーテル治療が出来ないような方がこの血管再生療法の適用になるということになります。

そういう背景のもと早い段階で遺伝子治療がされましたが、ちゃんとランダマイズされたコントロールトライアルが海外でやられるとあまりうまくいかないということがわかってきました。そこで我々が原因を突き止めてみますと、ひとつの種類のタンパクやひとつの種類の遺伝子だとやはり限界があるということがわかりました。 例えば我々の足が虚血になった時、その場所で数百の遺伝子が変化します。そういう状況の中でたった一個の遺伝子、たった一種類のタンパクを入れただけで全てが改善するかというとそれは限界があります。 一方で細胞治療を行うと、その細胞から様々なサイトカインが出て来ます。あるいは細胞を移植することで、ホスト側のつまり自分の足の方の骨格筋が刺激されたりして様々なサイトカインが出て来ます。そういったものがカクテルとして血管再生に有効になってくるので、単一の分子を投与する遺伝子治療に比べて細胞治療はより自然に近い形を形成することができます。そういう利点があるため今我々は細胞治療を選択しています。

血管再生による福音

血管再生による福音としてはまず移植後の早い段階から痛みが取れます。そして皮膚が温かくなり潰瘍が治ってきて、それに伴って歩行可能距離が伸びてきます。ですので患者さんの QOL が非常に良くなってきます。 皮下脂肪の場合では我々はもう10年以上経験してますが皆さん良くなってます。もう一つに切断しなくてすむということが挙げられます。放置していれば切断になってしまうんですが、潰瘍が治ってくるので極端な方ではそのまま完全に治って跡形もなくなるという方もいらっしゃいました。

一例私のもとにいらっしゃった障害があった患者さんは、バージャー病だったのですが、3回血管外科で手術をされた結果血管が全部詰まってしまっている状況でした。なぜかというとそういうバージャー病の方は抹消に病変があるのでそもそもカテーテルでやれるような場所ではないというのがあります。バイパスは今はかなり無理をして細い血管までやりますが、そういう場所というのはやっぱり歩いたりちょっと座ったりするだけで閉塞してしまいます。結果その方は3回外科的な処置をされて3回とも詰まって最終的にはその外科のために石灰した皮膚がもうそれ以上くっつかないという最悪の状態になって SOS 的に私たちの血管再生療法に紹介された患者さんでした。しかしその患者さんはなんと移植して2ヶ月目には潰瘍はほとんど消えてしまって、6ヶ月目にはもうほぼ完全に治癒したということがありました。症例によっては手術とかカテーテル治療よりもよく効くという風には思ってます。

血管再生医療の今後

閉塞性動脈硬化症、バージャー病、膠原病の3疾患の中で体の状態が一番悪いのが閉塞性動脈硬化症です。これは高齢の方で、例えば煙草、糖尿病、高脂血症など様々な危険因子の中で出来てくる病気なので血管機能が非常に悪く血管再生医療の有効性としては一番落ちます。 一方でバージャー病や膠原病に伴う皮膚虚血はこの治療に非常によく効きます。 ですから将来的にはバージャー病とか膠原病に伴う潰瘍の方だけでも保険適用になるような方向でもっていきたいなと思ってます。

今最も注目しているもの

私が血管再生医療の研究において注目していることは2つあります。1つは細胞培養醸成という考え方で、今は細胞を使ってるんですが、細胞から出てくるタンパク、いわゆるサイトカインが有効であるということであれば必ずしも細胞が入ってなくてもある程度効くんじゃないかという考え方です。 それからもう1つは、その中にエクソソームというのが入っていまして、この中には様々な RNA の断片とか今話題になってるマイクロ RNA とかそういうものが入っています。実はそのエクソソームでも血管再生効果があるんじゃないかってことは今海外でも言われ始めており、そういったものを使った血管再生医療っていうのも将来有効ではないかっていうことも今は少し考えています。

血管再生医療の将来像

循環器系の再生医療の究極の目的は心筋再生だと思います。血管というのは一応再生する組織ということになっています。我々が皮膚に怪我をしても若い時だったらすぐに治ってその時に毛細血管が出来ますから血管というのは本来再生出来ます。しかし再生するときに血管内皮細胞が分裂して新しい血管作るんですが、一生の間に血管内皮は80回ぐらいしか分裂できないと言われてます。ですからやはり年を取ってくるとどうしても血管再生能力自体落ちてきますし、そうすると傷の治りが悪くなります。これはもうどんな方も経験されると思うんですけど、若い時はすぐ治ってた傷が年とるとなかなか治らない。これは血管再生能力が弱ってきているからです。

一方で心筋というのはほとんど再生しない。そのかわり生まれた時から死ぬまで1日10万回打ってる、非常にフレッシュな強い状態で生きている細胞です。非常に血管とはタイプの違う細胞なんですが、一旦壊れて死んでしまうともう再生はしないです。それを再生しようと試みているのが例えば IPS 細胞とかES細胞を使った血管再生ということにはなるんですが、今はオンゴーイングでいくつか研究がされているもののもう少し結果が出るまでは時間がかかるかなというふうに思います。 ただ究極のゴールは心筋ないしは心臓の再生じゃないかなと思います。

もう一つ夢がある話としては、人に臓器を移植できるような豚の開発ですね。これまでは豚の臓器を移植すると当然異種移植になって、様々な免疫も抗原性も違い、かつひょっとすると未知のウィルスを持ってたりということで敬遠されていました。しかし病原体についてはSPF という手法が昔からあるので、免疫原性について、豚のいわゆる抗原提示性を持っているような分子を人と入れ替えるようなことが遺伝子操作でできるようになれば、例えば豚の心臓を完全に拒絶されないような状態で人に移植するとか、そういうことがひょっとすると何十年か何百年か先にはできるようになっているかもしれないと思います。

それからもう一つは完全植え込み型の人工心臓です。今はエルバドというものを我々は使っており、それは外から1本だけ管を入れてモーターで動かして心臓を補助するという機械ですが、将来的には全ての心臓が機械に置き換えられる人工心臓というのも出てくるんじゃないかと思います。こういう話をすると寿命を伸ばせるんじゃないかと考える方もいらっしゃるかもしれませんがこういう技術があったとしても実は寿命はあまり変わりません。人の寿命は過去にフランスで一番長生きしたおばあちゃんで百二十何歳の方の記録が残ってるのですが、心臓とか例えば脳とか一部が大丈夫でも全身の血管はボロボロになります。 それで人が命のマックスは百二十歳ぐらいじゃないかと言われてますので、寿命がそれ以上伸びることはまずないと思います。