手術を行わない場合の予測される経過
がんの進行に伴い、局所での発育とリンパ節転移、腹膜や肝臓、肺、骨、皮膚、脳などへの遠隔転移を来たす可能性が増し、進行すると致命的となります。またがんに伴う出血は、大量出血を起こすことで致命的となることがあります。がんに伴う狭窄症状があると食事やお水が口から取れません。やむを得ず点滴で栄養を補給することになりますが、全身の栄養や免疫を長期にわたり維持していくことは難しいのが現状です。
ただし、当然のことながら、すべての医療行為にはなにがしかの危険が伴い、手術もその例外ではありません。危険を最小にくい留めるよう最大の努力を払いますが、それでも危険をゼロにすることは不可能です。すべての手術はそれを行わなかった場合の危険や苦痛などの不利益と、手術を行うことに伴う危険や苦痛などの不利益を比較して、手術を行う方がより安全である、あるいは利益が大きいと判断されて初めてお勧めするのです。ただ難しいのは、多くの場合手術をしないことの危険は例えば1年後2年後に確実に訪れる生命の危険であるのに対し、手術をすることの危険は低い確率ながら手術の当日や数日後に訪れるかもしれない危険で、性質の違う危険を比較してどちらかを選ばなければならないという点です。このことは従来「手術をお勧めする⇔受ける」にあたって暗黙のうちに了解されていたことですが、あえて文章にしてご理解をいただきたいと思います。ある医療行為を受けるのか受けないのか、決定権はご本人にあります。よくご理解の上、同意書にご署名をいただきたいと思います。
手術以外の治療法
現在のところ表在がんのなかでも早期の段階の病変を除いて、切除可能な食道がんは手術治療が日本での標準治療となっていますが、これ以外につぎの治療法があります。
粘膜層のみに止まるようなごく浅い食道がんの場合は内視鏡下の粘膜切除術で根治できますので第一選択となりますが、より進行したがんはこの方法では根治の可能性は高くありません。粘膜からいったん粘膜下層というすぐ下の層に浸潤するだけでリンパ節転移が40-50%近くの人に起きるからです。更に細かいがんの深達度分類ごとにリンパ節転移の確率が判明しています。狭窄が非常に強く、かつ手術が不可能な患者さんで、狭窄を改善するのに内視鏡を使ってレーザー治療を行うこともあります。
通常手術での切除範囲を超えて広範囲に広がった進行がんの場合に、第一選択となります。またある程度リンパ節への転移のみられる患者さんに手術の前に行うこともあります。術後の補助療法としても非常に重要な治療手段です。ただし、この治療だけでがんが根治できる確率は現在のところ極めて低いものです。
がんが隣接した臓器などに浸潤し、手術だけではとりきれない場合や、合併症などの理由で手術が非常に危険な場合に放射線治療を行うことがあります。放射線単独では早期(表在がん)の場合は比較的治癒が期待できますが、ある程度進行したがんの場合は、手術の方が成績はよいとされています。過去の成績では早期のがんで5年生存率は30%、進行したがんでは約10-20%となっています。現在は、可能な限り化学療法を併用して次項の「化学放射線療法」として行ないます。
放射線治療に化学療法を加え、より強力にがんを叩く方法です。放射線単独に比べ、治療成績は明らかによくなります。今後手術を前提とした術前化学放射線療法が広まっていくと思われます。ただしまだ長期にわたってみた場合に生存率を本当に向上させるか、時間が経ってから予想外の合併症が起こらないかなど、完全には分っていない部分が多い治療法です。これまで手術療法が第一選択とされてきた食道がんを化学放射線療法単独で治療しようと言う試みが一部で始まっており、化学放射線療法が無効であった場合には手術をするという条件を付け加えると、手術療法にかなり近い成績があげられるとする報告も見られます。うまく行くと食道がそのまま残る(臓器温存治療)と言う点で魅力ある治療法ですが、根治的化学放射線療法を行なって時間が経ってからの合併症、治りきらなかった場合の手術の難しさ、危険さなどの問題があり、十分な説明を聞いた上で、納得の上で受けるべき治療です。外科医としては切除可能な場合はやはり切除して、化学放射線の量はなるべく少なくした方がより安全であると考えますが、説明の上で患者さんが希望される場合には、ご希望の方針で最大限の努力をします。
免疫療法、遺伝子治療はいまだ初期の治験段階で、積極的にお勧めできる治療ではありません。光線力学的治療はごく早期の段階の病変には根治的となり得ますが、確実性の点から可能であれば内視鏡的粘膜切除術を優先します。進行した病変に対する光線力学的治療は対症的治療(姑息治療)です。ステント治療も対症的な治療で、効果の確実な期間は限定されます。
輸血と血液製剤の使用について
通常食道がんの手術の場合、手術により平均して約500ml程度の出血があり、約30%の人が輸血を受けていました。このため最近では手術前に自分の血液を貯血し手術に備えることが多くなりました。しかし貧血のある人や、蓄えた血液以上の出血があった人は、安全性を考慮して他人の血液を輸血せざるを得ないことがあります。別紙輸血同意書に詳細が書いてありますが、輸血によって肝炎、アレルギーなどを引き起こす可能性が小さいながらありますので、担当医より詳しく説明を受けてください。
輸血は血液中の赤血球、血小板、血漿蛋白などが不足した時その成分を補う治療法で、次の場合輸血や血液製剤の投与が行われます。
(1)造血機能の低下により、自分では必要な血液量を十分には造れない。
(2)大量の出血があり、生命の安全に危険が生ずる [下の(3)を含む]。
(3)手術の出血量が一定量を越え、手術の継続困難か術後経過が悪化する恐れ。
(4)それ以外の方法で、組織の接着や止血が困難
輸血や血液製剤の投与を行わない場合の危険性
貧血の強い時や、大量出血時では血液循環が悪くなり脳、心臓、肝臓、腎臓などの生命の維持に重要な臓器の働きに支障をきたします。また、血小板や凝固因子が不足すると出血しやすくまた血が止まらなくなり、同様な病態をきたします。
輸血以外の治療法、自己血輸血、輸血の種類について
(1)増血剤で改善が期待でき、時間的な余裕のある場合はその方法を選べます。
(2)患者さんの病状と術式などにより医師が可能であると判断した場合は、自己血輸血という方法もありますが、進行がんや輸血の可能性の少ない場合は行いません。
(3)上記(1)(2)以外の場合、原則として日本赤十字血液センターから供給されている検査済みの血液(赤血球、血小板、血漿など)を必要最小限の輸血や、血液製剤の投与を行います。
輸血の副作用
アレルギー性の反応として蕁麻疹程度のものから、発熱、溶血性反応(1/12万人位の頻度)、ショック(1/4万人位の頻度)などの重篤な副作用が起こることがあります。まれに輸血血液中のリンパ球により引き起こされる移植片対宿主病(GVHD)という重篤な副作用もありますが(1/60万人位の頻度)、成分輸血と放射線照射により予防策をとっており、減少傾向にあります。
肝炎ウィルス(1/6−18万人位の頻度)やエイズウィルス(1/120万人位の頻度と予想される)などの混入は厳重な検査で除外してありますが、完璧ではなく、また未知の病原体混入の可能性も否定はできません。長期かつ頻回の赤血球輸血は全身の鉄沈着により主要臓器の障害を起こす可能性があります。
血液製剤の副作用
輸血と同じように、アレルギーや蛋白質を介した病原体混入の可能性(狂牛病など)、未知の病原体混入の可能性は否定できません。ウイルス混入のリスクはほとんどないと考えられています。
合併症の予防と治療
輸血や血液製剤の投与は、これらの治療に伴う危険性(副作用)を上回る効果が期待される場合に、同意のもとに行います。副作用防止のため、前もって患者さんの血液型、不規則抗体、血液製剤の交差試験などを行い、放射線照射やフィルターなど可能な予防策をとっています。また副作用発生時には適切に対処いたします。なお、予期できない急な出血、手術中の不測の事態で緊急に輸血や血液製剤の投与を必要とする際は、医師の判断に任せていただくことがあります。