胃がんの手術:手術に伴う合併症と後遺症

手術に伴う合併症と後遺症

 合併症とは、手術に伴い比較的早い時期に発症する、患者さんにとって不利益な病状のことをいいます。我が国の胃がん手術の技術には定評があり、医学の進歩とともに合併症の頻度は低下してきました。後遺症とは、手術から回復した後に、比較的長い期間にわたってこうむる可能性のある病状で、傷あと、胃の機能の喪失、開腹手術に伴う癒着など、避けられないものもあり、上手につきあっていくことが大事です。合併症のみられる割合は約20%〜30%で、以下にその詳細を示します。合併症を起こすと、入院期間が長引くだけでなく、安静や絶食が必要になることや、ひとつの合併症からその他の合併症を引き起こすこともあります。致命的となること(約0.5%〜1%)や、合併症が原因となり再手術が必要となること(約 0.5%〜2%程度)もあるため、合併症を起こさないよう細心の注意をしていますが、発生を完全に防ぐことは困難です。患者さんによっては、すでに合併症を起こしやすい状態にある(高齢、糖尿病・慢性肺疾患・血栓症・肥満などの併存)方もいらっしゃいますので、手術前の評価で合併症発生の危険性が高いと判断した場合は手術を中止したり、それらが改善するまで手術を延期する場合があります。特に、喫煙中の方は、手術前に一定期間禁煙していただく必要があります。また、何らかの薬剤(特に抗血液凝固剤など)の投与を受けている方は、薬剤を中止したり、他の薬剤に変更する場合がありますので、必ず申告してください。


(1)手術操作に直接、起因する合併症

手術中および手術後の出血:当院での出血量は、胃切除術で 200 ml、胃全摘術で400mlくらいです。手術前に貧血のない患者さんでは、この出血量で輸血することはまずありません。術前からの貧血、高度進行がん、他臓器を合併切除、解剖学的異常、癒着が強い、腹腔内の脂肪が多い場合などに輸血を要することが約1.5%〜10%程度あり、まれに、大量出血に伴い循環不全(ショック)となることがあります。手術後の大量の出血に対しては、カテーテルなどによる止血手術や再開腹手術などが必要となることがあります。輸血についての詳細は後述します。

縫合不全:胃や腸、食道などをつないだり閉鎖したところを縫合部といいます。この縫合部の傷の治り方が遅れて、消化液が腹腔内に流出することを縫合不全といいます。頻度は約 1.5%〜2.3%です。開腹手術の既往がある患者さんでは、癒着した小腸を剥離したときの影響で、縫合不全が発症することがあります。ほとんどの場合、絶食と点滴により自然に治りますが、腹膜炎や腹腔内に膿瘍(腹腔内膿瘍)を作る場合には再手術が必要になることもあります。

膵炎、膵液瘻:胃がんの手術では、膵臓に沿ったリンパ節を取る必要があります。明らかな膵臓の損傷がなくても、手術後に膵炎や膵液瘻(消化液である膵液が膵臓の外に漏れること)を発症することがあり、頻度は 0.2%〜5%程度です。膵液の漏れる量が少ない場合は、自然に治癒しますが、大きな膿の塊(膿瘍)を作った場合には、時間のかかる治療(持続的な洗浄、抗生物質の投与など)が必要です。まれに、再手術をして効果的な洗浄ができるように管を入れ直すこともあります。また、これらの治療を行っても改善が期待できない場合は、重症化を防ぐ目的で膵液の産生や活性を抑える薬剤の注射を行う場合もあります。

腹腔内膿瘍:縫合不全が起因となったり、膵炎や貯留したリンパ液に細菌感染を併発することで、腹腔内膿瘍を発症することがあります。頻度は5%以下です。再手術が必要となることもあります。

創感染:手術創に細菌感染を起こすことがあります。頻度は約1%程度です。傷の中にたまった膿を排出させる処置や、抗生物質の投与によって改善します。治療が数日から数週間に及ぶこともありますが、必ずしも入院が必要となるわけではありません。


隣接臓器の損傷:胃の周囲には、膵臓、脾臓、動脈や静脈、副腎、大血管、横隔膜、横行結腸、肝臓、食道、十二指腸、小腸などがあり、傷がつき修復を要することもあります。そのために臓器の機能が侵されることはほとんどありません。

腸閉塞:腸の癒着やねじれ、腸管の動きが麻痺して動きが悪くなってしまうことで発症します。また、術後にできた狭い隙間に腸が入り込んで抜けなくなってしまう(内ヘルニアといいます)事でも起こりえます。最近は閉腹時に癒着防止の吸収性フィルムを使用しているため発生頻度は減少傾向で、約 0.2%〜2%程度です。腸の流れが回復するまで、絶食にして腸へ入れた細い管から腸液を排出させるという治療を行います。しかし、腸管がつまってしまう障害の場合、まれに手術によって癒着した部分をはがす治療を行わなければならないことがあります。

異物による反応・アレルギー:血管を縛ったり、消化管をつないだりする際に用いる糸や器械には、体に吸収されるものと、異物として体内に残るものがあります。異物はごくまれに膿瘍の原因になったり、アレルギー反応を引き起こすことがあります。また、消化管の閉鎖や吻合に使う器械(自動縫合器、自動吻合器)は、閉鎖部や吻合部に小さな金属が残りますが、体への影響はほとんどなく、MRIなどの金属が影響を受けやすい検査でも、ごくわずかな温度上昇以外、問題はないとされています。

その他:リンパ液や腹水、胸水が貯留することがあります。また、食事摂取ができない期間が長びいたり、根治手術に伴う神経切除などにより、胆のう炎を発症することがあります。開胸手術に伴う合併症として、胸腔にうみがたまること(膿胸といいます)や縦隔炎があります。膿胸は、まれに、腹腔内のうみが胸腔に入り込んで、発症することもあります。


(2)全身への影響

発熱:手術後 1-7日程度、発熱を認めます。多くの場合、38度以上の発熱が 1-3日間程度続いた後、37度台の発熱が数日続き、その後、解熱します。

肺への影響:手術創の疼痛により呼吸が浅くなり痰が出しづらくなったり、全身麻酔の影響で痰が多くなり、肺炎無気肺(肺の一部がつぶれること)を発症することがあります。頻度は5%以下です。まれに、肺炎や無気肺が重症化すると、呼吸不全となります。高齢の方や手術前から呼吸機能の悪い方は注意してください。手術後早い時期から動くことが、術後肺炎の防止に効果的といわれています。また、高齢の方では急激に症状が悪化し、人工呼吸器を必要とする場合もまれにあります。

肝機能障害、腎機能障害:手術に伴い使用する薬剤や、静脈の流れが滞ることなどが原因となって、発症することがあります。臓器の機能不全になることはほとんどありません。

下肢静脈血栓症、肺梗塞:長時間、ベッドで横になっていることにより、静脈の流れが悪くなって発症することがあります。

心臓血管系の偶発症(心筋梗塞、狭心症、心不全、不整脈、脳梗塞、脳出血など):手術と直接的な関連は不明ですが、まれに起こり、いったん発生すると致命的となったり、重い障害が残ることがあります。過去に心臓疾患の既往のある方や、肥満・メタボリックシンドロームがある方、高齢の患者さんでは危険性は増します。

血液中の電解質(ナトリウムやカリウム):異常に高値や低値を示すことがあります。

大腸炎:大腸に細菌感染を来たし発症することがあります。

併存疾患の悪化:もともとの併存疾患が悪化することがあります。

錯乱やせん妄など:高齢の患者さんでは、錯乱やせん妄状態となり危険なことがあります。また、普段から安定剤を服用したり、過度のアルコールを摂取される方は、入院中に禁断症状として同様の症状が出ることがあります。

まれに、手術後にがんが急速に進行し、致命的となることがあります。


(3)予測できない合併症
以上の他にも、がんの状態や患者さんのお体の個人差、全身状態、併存疾患、既知の合併症などが関連して、予測できない合併症が起きたり、致命的となることがあります。

手術後の後遺症には、1.手術創、2.胃切除、3.開腹手術に関連するものがあります。

1.手術創に関連した後遺症
手術瘢痕(傷のあと)は消えません。瘢痕がもりあがる肥厚性瘢痕こともあります。まれに、腹壁の傷が開いて腹腔内容が皮下に脱出する腹壁瘢痕ヘルニアことがあります。皮下の糸に感染し化膿する(残糸膿瘍)こともあります。

2.胃切除に関連した後遺症
以前と全く同じように食事をとることはできません食事摂取の変化。回数を増やして少量ずつ時間をかけて食べる必要があります。嗜好や味覚の変化や、下痢腹痛などがおきることもあります。ほとんどの患者さんに5%〜20%程度の体重減少が見られます。体重減少のピークは術後3-6ヶ月くらいです。
食事のとり方がうまくいかないと、ダンピング症状を認めることがあります。食後 30分くらいにおきる早期ダンピングは、食物が急激かつ大量に小腸に入ることで発症します。症状は、動悸、発汗、めまい、脱力、顔面紅潮や蒼白、下痢などです。食後 2〜3時間位の後期ダンピングは、血糖値を下げるホルモン(インスリン)過剰により発症します。低血糖症状は、脱力、冷汗、倦怠(けんたい)感、集中力や意識の低下、めまい、震えなどで、このような時には、飴玉や氷砂糖、甘いジュースをとってください。最も大事なことは、よく噛み砕いて、少量ずつ時間をかけて食べることです。
胃切除による鉄やビタミン B12の吸収低下により、貧血となることがあり、鉄剤の内服やビタミン B12補給のための筋肉注射が必要となる場合があります。また、胃や食道と小腸などの吻合部が狭くなり、嘔吐などの狭窄症状をきたすこともあります。

3.開腹手術に伴う後遺症
開腹手術後の癒着により、腹痛腸閉塞などが起きることがあります。


肺塞栓症とその予防について

 肺塞栓症は近年長時間の飛行のあとで起きる病態(エコノミークラス症候群)として注目されましたが、下腿の静脈にできた血の塊深部静脈血栓症、脂肪や腫瘍が肺動脈急激に閉塞して起きる極めて死亡率が高い病気で、手術合併症として我が国でも増加傾向にあります。肺塞栓症を発症する頻度は、0.5%程度です。長時間のがんの手術、血管造影検査や長時間座っている時は、下肢静脈の血流が緩慢になり、血液の粘度が高く固まりやすく血栓が出来やすくなります。また、術前から抗凝固剤を服用されている方は、手術中の止血が困難になりますので、服用を中止していただきますが、中止により血栓症の発生リスクが高くなると判断される場合は、手術数日前から術後経口摂取が可能になるまでの間、他の抗凝固剤を注射することがあります。最も簡単な予防法は下肢の運動やマッサージで、ベッド上で足を動かしたり、早期離床が重要で、リスクに応じて積極的な予防策が勧められています。予防法の第1段階は弾性ストッキングの着用で、第2段階は加えて手術中から術後にかけて下肢をポンプで加圧マッサージ、第3段階では血液を固まりにくくする薬を使いますが、これは出血のリスクは多少高めます。これらの予防処置は原則として手術後初めての歩行まで行いますが、その後も臥床時間の長い間は弾性ストッキングの着用が勧められます。


病理組織の取り扱いについて

 手術によって切除された臓器や組織は、病理学的な診断をつけるため、病理部に提出されます。病理診断は、がんの進行度や病気の状態を正確に把握するために不可欠で、治療方針の決定にも役立ちます。検査後の余った組織は通常処分、廃棄されますが、診断や検査のために作成されたパラフィンブロックや顕微鏡標本は当院の病理部に保管されます。それらは後日、診断を再確認・再検討する際に役立つほか、教育・研究などの診療目的以外の理由で使用させていただくことがありますので、ご理解とご協力をよろしくお願いいたします。


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