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摘出術の手技 解説4

グリオーマという腫瘍は正常の脳に向かって染み込んで成長していく(浸潤能力といいます)性格があり、従って腫瘍と正常の脳の境がわかりにくいのです。
手術用顕微鏡を用いても、はっきりとはわかりません。
そこで私たちはフルオレサイトという注射薬を使用して、この問題を克服するようにしています。

実はこの薬、眼科の先生が眼底の検査をするときに使う薬なのですが、蛍光ペンの黄色のような色をしている蛍光色素薬です。手術中にこの薬を静脈内に投与すると、すぐさま正常の脳も腫瘍の部分も黄色く染まってきますが、5分ほどすると正常の脳だけ黄色はやがて薄らいで行きます。
つまり血管の中を通る薬は漏れ出ずに、心臓へと帰って行くわけです。ですから数分後には元の正常な脳の色(深部の線維は白質と名の付く通り白色に見えます)に戻ります。

一方、腫瘍の血管は構造が不完全なため(血液脳関門の破綻といいます)、黄色の成分は腫瘍の中に漏れ、この漏れた色素は心臓へと回収されないため、手術中の数時間の間は、腫瘍は黄色くそまり、正常の脳(白色)との境界がわかりやすくなるという理屈です。(図4)


▼図4


フルオレサイトという黄色い蛍光色素を静脈内に注射する前後の脳脳表面の画像です。脳表に盛り上がる腫瘍が黄色く染まり、周辺の正常脳は黄色がすでに消えていますので、コントラストよく腫瘍を認識しやすくなります。
 
フルオレサイト1: 脳の膜(硬膜)をあけて脳の表面から観察すると薄赤い腫瘍がやや盛り上がって見えていますが、正常脳との境ははっきりわかりません。赤い線は脳の血管です。
  フルオレサイト2: フルオレサイトを静脈内に注射した直後は正常脳も含めて全体が黄色くなりますが、数分待つと、正常脳の黄色はやがて薄らいでなくなり、腫瘍の部分だけに黄色が残ります。これで、正常脳と腫瘍との境を肉眼的に見て判断しやすくなります。手術中の数時間は黄色のまま認識できます。

ただし、この薬は脳腫瘍手術としての保険適応がないことと、脳腫瘍の手術では眼科の検査の倍量投与で使用するため、岐阜大学の倫理審査委員会にその有用性を説明し、お墨付きを頂いています。

でも、こんな黄色い薬は人体に影響ないの?というご質問がおありかと思いますが、私たちの100例以上の使用経験の中で、実際に術中にトラブルを来したのは1件のみ(血圧低下)で(この症例も麻酔科の先生がすぐに対処して、血圧は正常に戻り手術も無事に終了しました)、その他は、皮膚や尿、眼球結膜なども翌日くらいまで黄色く染まるという害のない副作用のみでした。

私たちはこの薬を術中に使うことによって、使わない場合よりもたくさん腫瘍が摘出できることを論文や学会で報告しています。



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